【本文紹介】
「……お兄ちゃんの、メイドさんになろうかな」
冗談ぽい乃絵美の口調。
「メイドさんなら、お兄ちゃんのそばにずっといられるから」
「乃絵美……」
正樹は乃絵美をみやった。
乃絵美は……悲しそうな瞳で正樹を見つめていた。
「だって……お兄ちゃんは、いつかは、私以外のだれかのところに行っちゃうから」
その言葉に、正樹は愕然として目を見開いた。
寂しさの、理由……。
正樹は圧倒されたかのように、無言だった。
無言のまま、立ち上がって、逃げるように乃絵美に背を向けた。
その身体が、後ろから、抱きしめられた。
「お兄ちゃんがそばにいないこと……お兄ちゃんが、私から離れていくことが、こんなに恐いことだったなんて……初めてわかったよ」
「乃絵美……はなせ」
「私は、ずっとお兄ちゃんのそばにいたい。お兄ちゃんをずっと見つめていたい」
「はなせって」
やや乱暴に身体の前に回っている乃絵美の手をとり、身体を反転させる。
その瞬間、乃絵美の顔が正樹の顔に近づいてきた。
唇に、不思議なあたたかさを感じる。
目の前に、瞳を閉じた乃絵美の貌があった。
その突然のことに呆然として、正樹はしばらく動けなかった。
乃絵美が唇を離す。
「……ごめんなさい、お兄ちゃん……」
乃絵美の潤んだ瞳の熱っぽさ。
その瞳から、涙がこぼれた。
「ごめんなさい……」
乃絵美は、正樹の脇をすり抜けて、走り去っていった。
☆
「……ごめんね」
菜織が、正樹の背中に寄り添うように、ベッドに横になるのがわかった。
「実は……見てたんだ」
びくっと正樹は肩を振るわせた。
「さっき、乃絵美が何を言ってたか……ぜんぶ聞いちゃった」
「そうか……」
心に、ひどく重苦しい圧迫感を感じた。
菜織は正樹の背中を抱いた。
その突然の行動に、正樹はあわてて身体をそらそうとする。
だが、菜織はしっかりと正樹を抱きしめると、熱っぽい口調で言った。
「乃絵美……いい子だよね。純粋で、健気で……乃絵美がアンタの妹でなかったら、絶対嫉妬してると思う」
「菜織……」
「……運命の赤い糸ってあるじゃない」
「ああ」
「運命の赤い糸って言ってもさ、やっぱり糸なんだから、切れるかもしれないし、別の糸があるかもしれない。でも……妹って、生まれたときから、もう絶対に切れない絆なんだよね……」
「切れない絆……」
「だから……だから、乃絵美、ずるいよ」
「菜織……」
「絶対に……アンタと乃絵美の絆は切れないって、それがずるい」
そして、菜織は正樹の背中に顔を埋めた。
「ごめんね、今夜だけでいいから……一緒にいさせて」
その言葉に、正樹は菜織に振り返った。
菜織はそっと潤んだ瞳を閉じた。
艶やかな半開きの唇に、正樹は唇を合わせた。
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