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コウコウさんによるすばらしい挿し絵がついておりますので、完全に読み込みが終了してから読むことを強くお勧めします。


それいけ 美少女メイド!
ラピスラズリちゃん!

text and edit by 成瀬尚登( n2cafe@s27.xrea.com )


 

  0

 

 火星極冠。

 ブラックサレナと夜天光との一騎打ち……人の執念がそのすべてを凌駕しようとする瞬間、衛星軌道上に待機していた試験艦ユーチャリスに対し、強制的に通信回線が接続された。

”あなたは誰? 私はルリ。これはお友達の思兼。あなたは?”

 艦のオペレータ席に座る少女は、はっとして目を開く。

 IFSを通じて流れ込んでくる思念……自分と同じ瞳を持つ者のイメージ。

 少女は胸のブローチに手を当てた。

「ラピス」

”ラピス?”

「ラピスラズリ……ネルガルの研究所で生まれた」

”あなたは……アキトさんの何?”

 少女……ラピスは髪に手をやり、そしてフリルのついたカチューシャをわずかに直して、微笑みながら言った。

 

「私はアキトさまのメイド。アキトさまは私の旦那さま」

 


 

  1

 

 白亜の建物……それがラピスと、彼女が敬愛する旦那さまの屋敷。

 月にあるネルガルの研究所の広大な敷地、その外れにそれはあった。

 緋色の絨毯の敷かれた長い廊下を、トレイを持って歩くラピス。白いフリルのついた髪かざりが桃色の髪によく似合う。そして濃紺の服の上から、フリルのついた純白のエプロンを身につけている。胸元には淡く輝く青い貴石をあしらったブローチをつけている。

 トレイの上には、白いカップセット1式とポットが、シルクのカバーを掛けられて鎮座している。

 やがて、彼女を待つ人のいる部屋の前に着く。

 器用にトレイを持ち替え、ラピスはドアをノックした。

 どうぞ、という声が中から返ってくる。

 ラピスは笑顔をつくってドアを開けた。

「失礼します」

 中には、ソファに身体を預け、手を組んでラピスを見つめる彼、ラピスの旦那さま。

「お待たせしました、旦那さま」

 ラピスは、優雅な動きで彼の隣に歩み寄り、トレイの上のカバーを外してカップセットを彼の前のテーブルの上に静かにおく。19世紀に流行ったと言われるロココ調のそれは、彼女の旦那さまの趣味。

 トレイをポットごと絨毯敷きの床の上に置いて自分もそこでひざまづくと、ポットを取り上げ、カップに紅茶を注いだ。それが終わるとシュガーポットから角砂糖を2つ、そしてミルクサーバーから適量ミルクをカップに注ぐ。

 その一連の動作をすませると、彼女は彼に言った。

「どうぞ、お召し上がりください。本日はアールグレイティーを天然水でいれてみました」

 すると……彼女の旦那さまの表情が済まなそうに、やや曇った。

「……味なんてわからないんだから、そんなに気をつかわなくてもいいのに」

 だが、ラピスは笑顔で答えた。

「いいえ、気分の問題です」

 その言葉に、彼も笑顔を取り戻した。

「そうか……気分か……。そうだな……」

 今は、ラピスだけに見せる、彼の笑顔。

 その笑顔に、ラピスは限りない幸福を感じるのだった。

 ☆

 コロニー「アマテラス」から帰ってきた直後のラピスの旦那さまは、鬼神のようなという形容が似つかわしいほど、彼女にとって近寄りがたいものだった。久しく見せなかった、顔に浮かぶ緑色の線が、ユーチャリスの艦橋に戻ってきた今、くっきりと光を放っていた。

「おかえりなさいませ、旦那さま」

 黒いマントに身を包んだ彼に、いつものように笑顔で言葉をかける。

 だが、その言葉は彼には届いていなかった。

 そのままオペレータ席のラピスを素通りしてメインスクリーンの前に立つ。

 そこには、爆発したばかりのアマテラスが写っていた。

 すると、ラピスの旦那さまは、力まかせに拳をぶつけた。

 それは強化ガラス、割れることはない。割れるのは、彼の手。

 やがて、拳からぽたぽたと赤黒い血が流れはじめた。

「旦那さま!」

 あわててラピスが席から立ち上がる。

 だが、彼はラピスを一瞥して言った。

「いいんだ……」

「ですが……」

「いいんだ、ほっといてくれ!」

 びくっと、ラピスの身体が跳ねた。殺気のこもった彼の瞳、視線……それは彼にお仕えしてからいまだかつて見たことのないものだった。

 思わず涙目になるラピス。

 その彼女を気遣うことなく……彼はうなだれて艦橋を去っていった。

 

 ラピスは彼の部屋の前に立った。

 月へと帰還するユーチャリスは自動運航モードにしてある。

 何度かためらいながらも、ドアをノックする。

「旦那さま、ラピスです」

「……開いてるよ」

 失礼します、と言ってラピスは中に入る。

 ベッドに腰掛け、打ち付けた右手をさすっている彼女の旦那さまの姿があった。

 その瞳は、もういつものそれに戻っていた。

 ほっとしながらも、それを表情に出さぬよう努めて、彼女は彼の前に歩み寄る。

「お怪我は大丈夫ですか?」

 すると、彼はバツの悪そうな顔をして右手を差し出した。

 包帯がぐちゃぐちゃに巻かれた手首……。

 ラピスはくすっと笑うと、彼の前にひざまづき、その右手をとって包帯を解きはじめた。

「……ごめん、ラピス」

「私なら平気です」

 明るく答え、解いた包帯を自分の左手に巻き付けるラピス。やがて包帯がすべて解かれ、中からざっくり割れて赤黒くなった傷口が顔をだした。

 薬もなにもつけないで包帯だけを巻き付けたらしく、傷口からはまた赤い血が浮いてきた。

 ラピスはごく普通にその傷口に口を寄せ……そして、エプロンのポケットの中を手でまさぐると、傷薬とガーゼ、新しい包帯を取り出した。

 口をはなし、薬の入った小瓶をあけてガーゼにしみこませる。

「染みますよ」

「染みるもなにも……」

 そう言いかけて、彼女の旦那さまは口をつぐんだ。

 ガーゼが幾度も傷口を行き来する。やがてそれが終わると、別のガーゼを傷口にあて、その上から包帯をていねいに巻いた。

「終わりました」

 顔を上げてラピスはそう言い、そして道具をポケットに戻して立ち上がった。

「ありがとう……」

 彼がじっとラピスを見つめる。

 その視線に彼女はやや頬を染める。だが、それに耐えきれず、誤魔化すように笑顔を作って尋ねた。

「あ、あの、お茶でもいれてまいりましょう……」

 その言葉を言い終えられなかった。

 なぜなら、ラピスは旦那さまの腕の中にいたから。

「ありがとう……ありがとう、ラピス。俺は……お前にあたるような、どうしようもないヤツなのに……」

 突然の出来事に呆然としていたラピス。しかし……顔を彼の胸に埋めた。

「いいんです……私は……私は、アキトさまのメイドですから……」

  ☆

「……あの、よろしいですか、旦那さま」

 紅茶を飲み終えてくつろいでいるところに、ラピスは切り出した。

「ん、何だい?」

「あの遺跡の中にいたあの方が、旦那さまの奥さまなのですか?」

 その言葉に、彼はやや顔を厳しくした。

「……見たのか」

「はい」

 ラピスは手を胸の前で組み、無邪気な笑顔を見せた。

……アマテラスの最深部、そこに眠る遺跡、そして、長い髪の女性。

 名前は知らない。ラピスの旦那さまが口にしないから。

 ただ一言、「助けたい人がいる」と、その人の名前を省いて。

 アマテラスから帰ってきたとき、彼は荒れていた。それは、その人を目の前にしていながら、助けられなかった悔恨の念からであろうことを、ラピスは漠然と悟っていた。

「……私も早く奥さまとお会いしたいです」

「そうだな……」

 彼は難しい顔をくずさずにそう応えた。

 その時、屋敷の呼び鈴が鳴った。

 ラピスが彼の前を辞し、ドアの側にあるインターフォンを取り上げた。

「……やあ、アカツキだけど。テンカワくん、いるかい?」

「……はい」

 それとはわからないよう、冷淡にラピスは応えた。

 


 

  2

 

 A級ジャンパーの拉致・実験への供用……それが”火星の後継者”の研究内容であると一般的は思われている。だが、実際はこの他にもさまざまな研究が行われていた。なかでも科学者の興味を集めたのは、先天的な記憶の操作が可能かどうかというテーマである。

 人間の脳は他者のそれをそのまま利用することはできず、もっぱら「学習」によって後天的に記憶を積み重ね、技術を拾得するしかない。したがって、普通は脳の成長にあわせ段階的に学習させることになる。だが、最初からその記憶が脳に入っていれば、「学習」は一切不要であり、かつ、脳の成長すなわち身体的な成長を待つ必要すらない。子供であっても戦艦の運航などの即戦力として期待がもてるし、「製品」寿命も長くなる。

……とこのように彼らは考えた。そして最初の被験者として、一人の少女が選ばれた。それがラピスラズリである。

 およそ3年間に渡って実験が続けられた。被験者を眠らせ、厳重に脳細胞の管理をおこなう。このとき、科学者の態度が少女に固執しているように他の部署からは見られたが、彼らは断固としてそれを否定しつづけた。

 実験も最終段階に入る。彼らは、目を開けたときに最初に目に入った人物がラピスの「保護者」という最終インプリントを行い、その時を待った。それを前後して、彼らの間でしきりにじゃんけんが行われていたことや、「泣きの一回!」という奇声がラボから聞こえてきたという報告がなされている。

 だが、彼らは実験の成功を確かめることはなかった。

「敵」の襲撃、そして機密保持のために、彼らは北辰に惨殺されてしまったのである。

 

 だが……そんな背景、固有名詞は、ラピスには関係がなかった。

 ゆっくりと目を開けたその時、彼女の視界に入った人……。

 ぼさぼさの短い黒髪、黒い服。

 彼女の白い肢体は、彼の腕に抱えられていた。

「……ふう、大丈夫か?」

 安堵のため息をつき、彼は尋ねてくる。

 ラピスはにっこりと笑顔を作り、そして言った。

「おはようございます、旦那さま」

 その時の彼のあわてよう……顔中に緑の線を光らせ、唖然としてその場に固まるラピスの旦那さま。彼女はくすっと笑った。

 テンカワアキト……それが旦那さまの名前。

「助けたい人がいる」と言う旦那さま。

 その時から、ラピスはこうしてここにいる。

……今度はカップを2つ持って、ラピスは彼の部屋へと歩いていた。

 ドアをノックし、そして型どおりの応対が済んで、部屋の中に入る。

 部屋には、旦那さまと、その対面には、アカツキという切れ長の目の男がいる。

 ラピスはアカツキに目を合わせないようにしてカップのセッティングを行い、ポットから2つのカップにお湯を注いだ。

 それが済んで部屋を出ようとした時、不意にアカツキが声をかけてきた。

「いいよ、ラピス君、ここにいてくれたまえ」

 ラピスは眉を寄せた。そして、ちらりと旦那さまに助けを求めようとした。

 だが、旦那さま……アキトはニコリという笑顔を見せてうなずいた。

 この笑顔に悪気はない……それだけに、ラピスには心苦しいものがあった。

 観念してアキトの横に座り、そしてできるだけ対面のアカツキと目を合わせないように視線を落とした。

 すると、アカツキの軽い笑い声がした。

「ははは、テンカワくん、どうも僕は彼女に嫌われているみたいだねぇ」

 その言葉に、ラピスは顔を上げ、そして愛想笑いを向けた。

「いえ、そんなことはありません」

「アカツキ……ラピス、いじめるなよ」

 横からアキトの助け船がでる。アカツキは再び笑い出した。

「いやあ、失敬失敬……」

 ラピスはふうとため息をついて、また視線を落とした。

 この人……アカツキナガレは危険な人間だと、ラピスは思っている。

 大切な旦那さまに戦いを強いる人。

 この人がいなければ、旦那さまは平穏な日々を送れるに違いない。

 だが、この人がいなければ、囚われの奥さまを助けることは叶わない。

 それが望まれるものでない以上、ラピスの旦那さまは、この人に言われるまま戦いを続けていかなければならないのだろう。

 しかし……それはいつまで続くの?

 焦燥に駆られる旦那さまのお顔を見るのは、つらく切なく……。

「……地球に行きたいんだ」

 アキトの声によって、ラピスは現実に引き戻された。

「ふぅん……彼女に会いにいくのかい?」

 カップに口を寄せ、からかうような視線をアカツキは向ける。

 いや、とアキトは断り、そして一口紅茶を飲んだ。

「……やつらの狙いは俺自身だ。俺がエサになって奴らをおびき寄せ、そこをたたくことが出来れば、後が楽になるだろう」

「ふっ、相変わらず嘘が下手だね、君は……しかし、問題は奴らがどこにいるかだねぇ」

 アカツキがお手上げのポーズを取る。

「常識的に考えれば、アマテラスのあの爆発から逃げられるとは思えないし。君みたいにA級ジャンパーならともかくね……」

「アカツキ……」

 静かに、だが、迫力をともなった声で、アキトは言った。

「どうやら……墜とされたらしい」

 アカツキの顔が急に締まる。

「……艦長、かい」

「ああ……たぶん、奴らは逃げられただろうさ」

 吐き捨てるようにアキトは言う。

 艦長……アカツキのたまに口にするその言葉は、アキトの「助けたい人」と同じ人を指すそれ。

 アカツキはふうっと息を吐いて立ち上がった。

「わかった。それも調べておく……じゃ、僕はこれで」

 アカツキがドアへと歩き出す。ラピスは立ち上がってアカツキの前に回り、ドアを開ける。そして、玄関まで先導した。

 玄関でアカツキの靴を出し、履くのを手伝って、ドアを開けた。

 早く帰ってくれという意志表示と誤解されそうなほど、その一連の動作はなめらかに進んだ。

「じゃ、ラピスくん、テンカワくんのこと、よろしく」

「はい……」

 アカツキが屋敷を出る。

 だがその時、ふとラピスはあることを思い出して、尋ねた。

「アカツキさま」

「なんだい?」

 興味深げな顔でラピスを向くアカツキ。

「艦長というお方の、お名前は何とおっしゃるのでしょうか……」

 アカツキは一瞬顔を曇らせ、そして応えた。

「ミスマルユリカ……あ、名字はどっちだったかな……」

 そのまま思案に入るアカツキをよそに、ラピスは意を得たりとうなずいた。

 ミスマルユリカ……それが、まだ見ぬ囚われの奥さまのお名前。

「ありがとうございました、アカツキさん」

 そう言い残し、ラピスはさっさとドアを閉めて屋敷に戻っていった。

 


 

  3

 

 都心にそびえる高級ホテルのスウィートルーム。

 その広大な空間に独り、ラピスは椅子に座ってぼぉっとテレビを見ていた。

 口にクッキーをくわえている。

 脇には、クッキーやら煎餅の入った器と紅茶。

 公営放送の番組がテレビに映り、堅い顔をしたキャスターがニュースを伝えている。

 ラピスが頬を染める。

 画面が天気図に切り替わる。

 ラピスはぼおっと惚けて、顔をにやけさせた。

 テレビから”四角いニカクがまぁるくおさめまっせぇ”というダミ声が聞こえる。

 ラピスは熱くつぶやいた。

「……旦那さま……」

……彼女の旦那さまは、いま外出中。是が非でもついていきたかったのだが、危険だから絶対にダメだ、と強く命じられたのだった。

「いい子だから、ラピス」

 そう言ってラピスの旦那さまは彼女の頭を優しく撫でてくれた。

 思わずこれで許してしまいそうになったのだが、しかし、今回に限ってラピスは食い下がった。

「いいえ、こんなことで誤魔化されません」

 しっかりと旦那さまの目を見据える。

 その時、彼の口許が歪んだ。

「じゃあ……」

 彼はひざまづいてラピスの目の高さに視線を合わせると、手で彼女の前髪を上げて額をあらわにした。そして、驚いて動転してしまっているラピスにかまわず、その白い額に唇を寄せた……。

 それからである、ラピスの視界に何も映らなくなったのは。

……結局、大事な旦那さまを独りで行かせてしまっただけでなく、何かをしようにも何も手がつかず、夢心地でとりとめのない時間を過ごしている。

”では、カミヌマ相談員、お願いします”

 だがその時、不意に胸騒ぎがした。

「ん……旦那さま……!」

 はっとして立ち上がる。

 そして血相を変えて、そのまま部屋の外へ駆け出した。

”ザコバ相談員はどうでしょう”

  ☆

 秩父山中の墓地。

 テンカワアキトは北辰七人衆と対峙していた。彼の後ろにはホシノルリとハルカミナトが立っている。

「あんたたちは関係ない。とっとと逃げろ」

 敢えて冷淡な口調で後ろの二人にそう声をかける。

 だが、返ってきた答えも、それに匹敵するくらいの冷淡なものだった。

「こういう場合、ふつう逃げられません」

 そうだな、と心の裡で納得して、彼は前方に立つ北辰に向き直る。

 北辰はわずかに笠を上げた。

 そして、口を開いた。

「テンカワアキト……返してもらおう」

「……何をだ?」

「ラピス」

 じゅるっと舌なめずりをして、北辰は言い切った。

 アキトは動揺を隠しきれない。

「ぐっ……返すもなにも、ラピスはお前のものじゃない」

 すると、その言葉に反応して、北辰はくわっという顔を見せた。

 

「なんだとぉ! テンカワよぉ、てめえそれ漁夫の利ってんだろうがよぉ、ええっ。ったく、人が『ラピスちゅわぁぁん』って、可愛い寝顔のラピスちゅわんのお目覚めを待ってたら、てめえが乗り込んできていきなりブラスター三発。そりゃねえだろうよ。しかも、ちゃっかり『旦那さま、お手紙が』と来てやがるしよ、ちきしょぉぉお。おめえは素直に嫁のこと助けりゃいいだろうがよ。その、なんだ、人の執念か、実はよ、俺はてめえのことを買ってたんだぞ。それを何だ、この萌え萌えのロリコン野郎!」

 

……一陣の風が墓場に渡る。

「……アキトさん、後で、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが、よろしいですか?」

 背後から抑揚ない口調でルリの冷たい声が聞こえた。それがルリの最高の怒りの表現であることをアキトは知っている。

「い、今はそれどころじゃ……」

 思わず顔を緑に光らせてアキトが声をうわずらせる。

 その時……。

 墓場の入り口の方から号砲が轟いたかと思うと、その音の方向から砲弾が飛んできた。

「伏せろ!」

 アキトがルリの肩をつかみ、それをかばうように地面に伏せる。間に合わなかったハルカミナトには彼女なりに善処してもらうことにしよう。

 砲弾は彼らの頭上を越え、そして、北辰七人衆の右から2人目を直撃した。

 爆発……飛び散る墓石。

 地面に伏せていたアキトの背中にも容赦なくそれは降った。

「ったく、バチあたりだな……」

 一段落がついて顔を上げる。

「大丈夫かい、ルリちゃん」

「はい、アキトさん」

 ルリは頬を赤く染めて言った。その顔は彼の間近にあった。

 ルリの無事を確認してミナトを探そうとする。

 だが、それは一つの聞き慣れた声で中断を余儀なくされた。

「旦那さま、ご無事でいらっしゃいますかぁ」

 どきっとして、アキトは身体を起こし、おそるおそる振り返る。

 そこには……やはりと言おうか、彼女の身の丈に相応しくないほど巨大なバズーカを携えたラピスの姿があった。砲撃の煤で黒くなってしまったが、その形はいつものそれ、すなわちメイド服であった。

 唖然としてアキトは肩を落とす。

「……ラピス……どうして……」

 ラピスは彼の姿を確認するとうれしそうに笑った。

「私は、いつも旦那さまのそばにいますから……」

「……あの人の話、本当だったんですか?」

 再び背後で冷たい声が聞こえる。

「あ、いや……ほ、ほら、ミナトさん、無事かなあ」

 感じるはずのない肌でルリの射抜くような視線を感じながら、アキトは強引に話題を変えた。

 すると、すぐ側に陰ができているのに気づく。見上げると、気絶したミナトを抱きかかえたゴートホーリーの姿がそこにあった。

「ミナトなら大丈夫だ」

 一度うなずき、アキトは立ち上がって北辰たちのいた方向を向いた。

 見ると、月臣元一朗をはじめとするネルガルのシークレット部隊にすでに彼らは包囲されていた。間合いは10メートルもないように見える。

「……あとは任せていいのかな、ゴートさん」

 透明感の漂ういつもの口調でアキトは尋ねた。

「ああ……ミナトは別だ」

 アキトはふっと笑った。その口調と言葉の意味との乖離が単純におかしかったのだ。

 しかし……そこに再び砲撃が轟いた。

 砲弾はまっすぐ包囲円の中心に到達し、そして爆発。その爆発は半径15メートルに及んだ。

「なっ……ラピス!」

 アキトは驚いて振り返る。ラピスはバズーカを携えたまま言った。

「殲滅です」

「殲滅って……」

 言いかけたその時、墓場に北辰の声が響いた。

”ふはははは、ラピスちゅわん、また会おうネン”

「……バカ?」

 ルリはこの瞬間、忘られぬ輝きを見せた時代の記憶と共に2年間の長きに渡って眠らせていたこの言葉の封印を解除したのだった。

 


 

  4

 

 そして、戦いは結ばれる……。

 夜天光のコックピットが、旦那さまの想いとともにブラックサレナの拳によって潰された。

 終わった、とラピスは感じた。

 戦いが終わったのではない、愛する旦那さまを縛るすべてが終わったのだ。

「助けたい人がいる」と言う、旦那さまの切ない笑顔を、もう見ることはない。

 ラピスはそう考えていた。

 そして、奥さま……ユリカさまをお迎えし、旦那さまと奥さまと3人、もう誰にも邪魔されることなく、平穏に、静かに、お屋敷で暮らせると信じていた。

 だから……彼が独り、フレームを失ったピンクのエステバリスで帰還した時、彼女は言葉を失った。

 艦橋に入ってきたラピスの旦那さまはうなだれ……壮絶な絶望感に包まれているように見えた。

「おかえりなさいませ、旦那さま……」

「……ただいま」

 ラピスに顔を合わせずに彼女の横を過ぎて、彼は自分のシートに身を預けた。

 そのまま何も言わず、時が過ぎる。

「あの……旦那さま、よろしいですか?」

「……なんだ?」

「奥さまは……」

「助けた」

 ぶっきらぼうだがはっきりと力強く、ラピスになおも顔を向けず、彼は答えた。

 その言葉に、とりあえずラピスはほっと安堵のため息をついた。

「では、奥さまは、どちらに……?」

「……置いてきた」

「置いてきたって……」

 ラピスは驚愕のあまり絶句し、立ち上がって旦那さまのシートの前に回りこんだ。

 彼はラピスから顔を背けた。髪が顔にかかり、その表情はうかがいしれない。

「旦那さまは、奥さまを取り戻すために苦しい思いをしたのではないのですか!」

 主人に対し礼を逸する口調……それをわかっていてもなお、ラピスはそう言わずにはいられなかった。

「ラピスの信じた旦那さまは、そんな人ではありません。でも、私は旦那さまを信じています。ですから……理由を教えてください、お願いします」

 しかし、彼は返事をするそぶりを見せなかった。

……ラピスはがっくり肩を落とした。

 そして寂しそうな瞳で、言った。

「旦那さま……私は、失望しました。私は、あなたを軽蔑します……」

 だが、その非難の言葉を言い終えようとしたその時、彼女の耳に、嗚咽が聞こえてきた。

 彼女の目の前にいる、ラピスの旦那さまの声……。

 ラピスははっとして、そして見た。

 なんどもしゃくり上げ、涙で黒い服を濡らす、ラピスの旦那さまの姿を。

 ラピスは腕を彼の頭に伸ばした。そして、その頭を自分の胸に埋めた。

 

「……たとえ世界中の誰もがあなたの敵になったとしても、私だけは、旦那さまの味方ですから……」

「私だけは、旦那さまの味方ですから……」

 ラピスの胸の中で、彼が泣く。

 それを愛おしげに見つめながら、ラピスもまた涙を頬に伝わらせていった。


あとがき(ユリカたんに「ぶい」版)+雑談

この作品は「河田君発時之部屋行」に投稿したものを転載したものです……なんて、のんびり解説をはじめている場合じゃないぞ(笑)!挿し絵が!挿し絵がぁぁああ(<半分壊れてます)。とりあえず、挿し絵のことは後にしまして……。

”闘うゆりかまにあ”を名乗ってはおりますが、本来、私はメイドさん属性の人なのです。少しだけ愚痴が入りますが、世の中における「メイドさん」に対するイメージの邪悪なこと(笑)。「メイドさん」は「奴隷(特に性的な意味での)」ではありません。主人に対するメイドさんの敬愛と恋愛との間に揺れ動く感情……これに萌えるのが正しい「メイドさん萌え」のあり方ではないかと思うのですが、どうでしょう(笑)。この作品は結果的にアキトxラピスになっておりますが、ラピスはあくまでメイド。主人であるアキトに認められ、愛されて、そのことで純粋に幸福を感じるラピスの気持ちを理解していただけたら、メイド萌え作家(自爆)として光栄に思います。

しかし……なぜラピスでメイドなんだ、私(爆)。河田さんの「超弩級美少女奮戦記『それ行け!ラピスちゃん(^^)』」におけるラピラピことラピスのイメージが、あまりにも可愛らしいのがいけないのかもしれません。ユリカたんとキャラがかぶってしまっている気もしますが。先日トイザラスでピコピコハンマーを見て思わず笑ってしまったのは内緒です(笑)。劇場版におけるラピスの存在があまりにも不可解なため、逆にラピスを使って何をやっても可だということなんでしょうか(笑)。

さて、挿し絵のお話です。河田さんのページのあとがきで、コウコウさんに挿し絵をお願いしてしまうという、大それたことをやってしまいました。コウコウさんは河田さんの小説によく挿し絵をつけていらっしゃる人です。可愛いラピスを描かせたら今日本で一番だと思います。チャットでお会いして非礼をわび、あらためてお願いしたところ、こころよく引き受けてくださいました。そして……すばらしい♪ 期待以上の出来で、満足です。花畑の背景も。心象風景としてのイメージによく合うと思います。この場を借りてお礼を申し上げます。コウコウさん、本当にありがとうございました(^^)

コウコウさんのページ[Gallery Theoria]

さて、恒例の後日談ですが……感想がまっぷたつに割れました。曰く、「切ない」と「笑える」……作者としてどちらを意図したかは野暮なので言いません。久しぶりに自分でも満足できる仕上がりになりましたが、どうでしょうか。次こそは、ユリカxアキトのベタ甘小説をぉぉお(笑)


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