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コウコウさんによるすばらしい挿し絵がついておりますので、完全に読み込みが終了してから読むことを強くお勧めします。


それいけ 美少女メイド ラピスラズリちゃん!
特別編「Eternal Loyalty」

text and edit by 成瀬尚登( n2cafe@s27.xrea.com )


 

  0

 

 ちらりと時計を見る。

 そろそろだわ、と独り言を言って、ラピスはオーブンを開け、スポンジケーキを取り出した。

 甘く香ばしい香りが屋敷の台所を包む。

 ケーキは絶妙な焼き色を見せていた。

 ラピスはにっこり笑い、スポンジケーキの入ったオーブンの型を持ち上げ、そばのテーブルの上にのせて慎重に型をはずした。そして手袋を取り、包丁を取り上げる。ケーキの側面の中央から横にひき、上下2つに切り分けた。中に入っていたチョコチップとカシューナッツの破片が顔をのぞかせる。

 下の部分を別の型にはめ、前もって作っておいたカカオリキュールベースのシロップをたらす。

 ラピスは脇にあったボールを持ち上げた。その中には、卵黄と、たっぷりの砂糖が混ぜられたマスカルポーネチーズが入っている。

 シロップを吸ってしっとりとしたスポンジケーキの上から、型の半分ぐらいのところまでマスカルポーネチーズを流し込む。さらにもう一枚のスポンジケーキをのせ、カカオリキュールシロップをそそぎ込み、マスカルポーネチーズを流し込んで2層にする。

 チーズの表面を丹念に平らにならす。そして、粉末状に砕いておいたチョコレートをその表面に振りかけた。振りかけてはまた平らにならす。根気よく何度も何度もそれは続いた。

 やがて、表面が綺麗な褐色に染め上げられた。

 真剣な面もちでいたラピスは、それが終わると満足げな顔を見せた。

 チョコをあしらった、ラピス風ティラミスの完成……いや、まだだ。

 彼女は湯煎しておいたホワイトチョコを絞り袋に入れ、そしてまたティラミスに対面した。

 愛する旦那さまへのメッセージを書くのだ。

 書く言葉はすでに決めてある。

 しかし、いざ書く時になって、ラピスはふとあることを思い出した。

 ラピスはアキトさまのメイド。

 旦那さまの愛は、まだ見ぬ奥さまにこそ捧げられるべき。

 絞り袋をボールに戻し、ラピスは自室に向かった。

 そして、台所に戻って再び絞り袋を手に取ると、気持ちを落ち着かせ、こう書いた。

[Eternal Loyalty]


 

  1

 

 ネルガルの月研究所のはずれにある白亜のお屋敷……ラピスと、ラピスの旦那さまの住む屋敷。

 ラピスは買い物かごを小脇に下げ、お屋敷への道を歩いていた。

 3日間……しかしそれは、ラピスにとってみれば一ヶ月、いや永遠に相当するくらいに長く感じられた。

 この3日間、旦那さまはお屋敷を空けていた。ラピスも当然お供すると言ったのだが、お仕事だと言われては引き下がるしかなかった。

 広いお屋敷に、ラピスひとり……。

 もちろん、その間もラピスはなんら手を抜くことなく家事に励んでいたが、しかし、心の空虚さはどうしても拭えなかった。

 いつもなら、花瓶のお花をかえると、華やかだねって言ってくれる。

 いつもなら、おみそ汁を作ると、いい味だよって言ってくれる。

 その人がいない。

 まして、お茶をいれてさしあげる人もいない。

 寂しさのあまり、旦那さまの枕を抱いて、それに顔を埋めて泣いてしまった日もあった……おとといの晩。

 しかし、間もなくお帰りになる。

 昨晩、電話があった。

 久しぶりにお顔を拝見したとき、「どうした、熱でもあるのか?」と言われてしまった。

 はい、と言えば優しくしてもらえるのではという期待を振り切って、何でもありませんとラピスは答えたのだった。

……ティラミスは屋敷の冷蔵庫に入れてある。旦那さまは台所がお嫌いのようだから、見つかることはまずないだろう。気になるのは泥棒のたぐいだが、出かけるときに屋敷の警戒レベルを最大にしておいたから、まず安全だろう。ちなみに最大レベルとは、ネルガルの警備担当300人が屋敷を取り囲むというものである。以前に一度これを発動したときには見事に悪質セールスマンを検挙したというくらいに信頼性も抜群であった。ちょうど同じ日に、月を視察しにきたネルガルの会長が狙撃されて頭部に銃弾がかすめ、弾痕のあたりを永久脱毛した事件が起きたそうだが、それはたぶん別のお話。

 ラピスは胸を弾ませていた。

 ティラミスは、夕食が終わって旦那さまがおくつろぎのときに出そう。

 だから、お疲れの旦那さまがくつろげるような、美味しい夕食を作ろう。

 そうすれば、きっとお誉めの言葉をもらえるに違いない。

 そんなことを考えながら屋敷の門にさしかかると、そこは妙に騒がしかった。

 歩み寄って確認すると、郵便配達の人が警備員4人に取り押さえられていた。

「こんにちわ、何か御用ですか?」

 笑顔で彼に向かう。屈強な男たちと情けない顔の男ひとりの前で、その表情はどこか場違いなものに違いない。

「わ、わたしはただ、この郵便物を……」

 暴れる右手に、厚みのある大型の茶封筒が握られている。

 ラピスはそれをひょいと受け取った。

 宛名はテンカワアキト……ラピスの慕う旦那さまの名前。

 彼女はにっこり笑った。

「はい、確かにお預かりしました。私はアキトさまのメイドですから」

 そう言い残し、ラピスは彼らの横を抜けていった。助けてくれぇえという絶叫が聞こえたのは、たぶん気のせい。

 


 

  2

 

 ふう、と、両手で頬杖をして、ラピスは6回目のため息をついた。

 台所の調理場。彼女にしてはめずらしく、洗い場に調理器具が置いたっきりにしたままである。

 夕食の下ごしらえに取りかかってから間もなく、ラピスの旦那さまから電話があった。

 遅くなる、とのこと。

 しかも、夕食は済ませてくるとのこと。

 そのことも失意の原因でもあったが、旦那さまには旦那さまの事情がある。それはラピスももちろんわきまえていた。

 だから、彼女がため息をついているのには、別に理由がある。

 それは、旦那さまのとのやりとりの最中のことだった。

「旦那さま、お手紙が届いておりますが……」

 そう言って、ラピスは夕方に届けられた郵便物をコミュニケの向こうの旦那さまにお見せした。

 それは藁半紙のような茶色の包装紙につつまれた、見た目には粗末に見えるものだった。

 旦那さまはいぶかしげな顔をする。

「ふうん、誰からだい?」

「はい、差し出し人は、エリナ=キンジョウ=ウォンさまとなっております」

「エリナさん……ま、いいや、開けて見せてくれ」

 かしこまりました、とラピスが茶色の包装紙を開け……そして、意表をつかれて驚いた。

 中からは、別の赤い包装紙に金色のリボンのかかった贈り物……。

 思わずそれに見入ってしまう。

「……ラピス、ラピス」

 旦那さまの声で、ラピスはようやく我に返った。

「……冷凍庫に入れておいてくれ」

「はい……」

 ラピスは呆然としたままの顔を引きずって、答えたのだった。

……はぁ、とため息をまた一つ作る。

 エリナさまといえば、ネルガルの月研究所で旦那さまがよくお世話になる人。

 しかも、女の人。

 その人が、ラピスの旦那さまに、綺麗な贈り物をされた……中身は見当がついている。

 郵便配達人から受け取ったとき、ちょっとだけ嫌な予感がした。ただ、包みが茶色であったから、おそらく事務的なものなのだろうと、その時は考えたのだった。

 だが……そして、8回目のため息をつこうかというその時、ラピスの愛する旦那さまの声が玄関から聞こえた。

「ただいまー」

 はっとして立ち上がり、玄関へと駈けるラピス。

玄関には……また別の包みを持った旦那さまの姿があった。

「ただいま、ラピス。元気だったか……」

 はい……と上の空でこたえるラピス。その瞳は、旦那さまの腕に大事に抱えられている包みにまっすぐに向けられていた。

 もちろん、旦那さまはそれを見逃さない。

「どうした、ラピス……?」

 そして、ラピスの視線を追って、自分の持っている包みに目がいく。

「旦那さま……」

 ラピスが微かに怒気を含んだ声で言った。

「その包みは、何ですか……?」

 その勢いに圧倒され、ラピスの旦那さまは顔を緑にして思わず身体を退いた。

「いや……これは……あの……イネスさんからのチョコ……」

 チョコ……?

「そ、そうだよ、チョコだって。あとで一緒に食べような、あはは……」

「……旦那さま……」

 何かをこらえるように、うつむいてぎゅっと拳を握りしめる。

「ラピス……」

 そして、きっと旦那さまをにらんだ。

「旦那さまのバカぁ!!」

 ラピスは駈け出した。

 ぽろぽろこぼれる涙を拭いもせずに、台所へとむかって走り、中に入った。

 鍵をかける。

 そして、冷蔵庫へと駆け寄り、ティラミスのはいった型を取りだした。

 それを両手でつかんで振り上げ、床にたたきつけようとして……できなかった。

 再びそれを冷蔵庫にしまうと、今度は冷凍庫を開けてエリナのプレゼントを取り出した。

 無造作というよりも乱雑に包み紙を破り捨て、中の箱を出した。さらにそれを開けると、ウィスキーボンボンの詰め合わせが出てきた。

「……ラピス」

 コンコンというドアをノックする音がする。

 ラピスはそれを無視して、一つつかみ上げた。

「ラピス、話を聞いてくれ……」

「いやです! ほおっておいてください!」

 そのまま持っていたそれをドアに向かって投げつける。

 コンという音を立てドアにぶつかり、チョコは床の上に転がる。

「旦那さまなんか……旦那さまなんか……」

 さらにウィスキーボンボンをつかんで、投げつける。

 次、そして次……やがてすべて投げつけ終わると、入っていた紙の箱を投げつけた。箱はふわっと舞い上がり、ドアに到達する前にひらひらと舞って落ちた。

「うっ……ううっ……」

 しゃくり上げながら肩を落とし、ラピスはもとの椅子に座った。

 涙がテーブルに弾ける。

 やがてテーブルに突っ伏して、ラピスは泣き出した。

 もう誰の声も耳に入らない。

 やがて、夢の世界の誘(いざない)に素直に導かれていった。

 


 

  3

 

 くしゃみと共に、彼女は目覚めた。

 身体を起こし、ぶるっと震わせる。

 肩が暖かい。

 見ると、そこには毛布が掛けられていた。

 目をこすっていると、不意にガチャガチャという音が聞こえてきた。

 はっとして見やると……流しの前でラピスの旦那さまが洗い物をしていた。

 お顔が緑色に輝いている。

 慣れた手つきで洗っているその光景は、ラピスにとって初めて目にするそれだった。

 見回すと、台所がすっかり片づいている。

 ラピスはじっと旦那さまの背中を見つめた。

 すると、その視線に気づいてか、彼が振り返った。

「起こしちゃったか……」

「旦那さま……台所、お嫌いのはずじゃ……」

 すると彼は微笑んだ。

「嫌いじゃない……昔はよくこうしたものさ。ただ、この顔がイヤでね……」

 そう言う旦那さまの表情が曇った。この顔とは緑色の光る顔のことを指しているのだろう。

 どうして、とは、ラピスには聞けなかった。

「いいよ、もう終わるから。部屋に戻って寝るといい」

 ラピスはあわてて立ち上がった。

「いいえ、そんな……」

「じゃあ、お茶にしようか。味は保証できないけど」

……ラピスは旦那さまの対面で、白いカップに入った紅茶にふうふうと息を吹きかけた。

 目の前には、イネス博士からいただいた、オレンジフレーバーの小さな板チョコの入ったボヘミアングラスの器。そして、ラピスの旦那さま。

 旦那さまのいれたアッサムティーは、華やかな緋色……ただし、やや渋みが強かったが。

 板チョコを摘み、それを口に入れ、そしてカップに口をつけて、紅茶とチョコの甘みを合わせてのどを潤す。それが、本来のロシアンティーの飲み方。

 その動作を優雅にこなし、ラピスはややきつめに言った。

「旦那さま、おモテになるのですね」

 バレンタインにもらえるチョコには、日頃お世話になっているお礼にという義理チョコなるものがあると、旦那さまがさきほど説明なさったのだ……悲しいかな、ラピスの頭には義理チョコという知識はなかった。だが、まだそれでも彼女は完全に納得できないでいた。

 すると、彼は切ない笑顔を見せた。

「……本物は、もらえないよ」

「旦那さま……」

 ラピスの胸がぎゅっと締め付けられる。

 それが表情に出てしまったのか、ラピスの旦那さまがあわてて笑顔を作った。

「そんな顔するなって……それより、ラピスからチョコもらえなかったのは、ちょっと残念だったな」

 そして立ち上がり、ラピスの頭を撫でた。

「じゃ、俺は寝るから。おやすみ、ラピス」

 普段のラピスなら、頬を染めてそれに応えるだろう。

 だが、いまラピスの心は葛藤していた。

 旦那さまは、まだ見ぬ奥さまからチョコをもらいたいのだ。

 だから、それ以外のチョコはみんな義理チョコなるチョコになってしまう……だろう。

 自分のチョコはそんな軽薄なものではない……はずだ。

 そんな誤解をされるくらいなら、あげない方がまし……かもしれない。

 でも、旦那さまは私のチョコをお求めになっていらっしゃる……。

 ラピスは意を決して顔を上げた。

「旦那さま……私でも、旦那さまにチョコをあげる資格があるのですか?」

「もちろん、ラピスのチョコだから、きっと美味しいと思うよ」

……旦那さまが台所を辞す。

 ラピスの心は決まった。

 


 

  4

 

 翌朝、ラピスの旦那さまは奇妙な圧迫感を胸に感じて目覚めた。

 見ると、そこには薄桃色の髪……。

 ラピスがベッドに突っ伏して眠っていた。

 可愛い寝顔をみせて、すやすやと眠っている。

 彼は微笑んでその髪をそっとなでた。

 ふと見ると、ベッドサイドに緑色の包装紙にくるまれた小箱があった。

 カードが添えてある。

 ラピスを起こさないように手を伸ばして、その小箱とカードをつかむ。

 カードを開く。

”遅くなってすいませんでした。

 お口にあえば幸いです。

私の旦那さまへ

ラピスラズリ”

 そして、小箱を開けてみる。

 ややゆるくなったティラミスがその姿を見せた。冷やしておくべきなのに、ここにあるとは……?

 彼はすぐにその意を悟り、あらためてティラミスの表面の文字に目をやった。

[Eternal Love]

 [ve]のところがぼやけている。

イメージ(43116 バイト)

 彼は目を細めて、彼女の髪を何度もすいた。

 ラピスの旦那さまは気づいたのかもしれない。

 メイドだって、普通の女の子だということに。

 ラピスはかわいらしい寝息をたてて寝入っていた。


あとがき

バレンタインといえばメイドラピラピだろう!……と、何ら根拠もなく、勢いだけで書きあげてしまったのがこのお話。もはやナデシコ小説ではなく、ただのメイド小説になってしまった感が……(^^;;; しかも当初は日記内の小作品として考えていたので、描写に不満が残るところですが、まあかわいけりゃアリアリ(笑)。

しかし……Loyalなんて単語、我ながらよく見つけてきたもんだ。Royalとの絡みで、受験英語でよく出題されそうな単語ですね(笑)。Loyalとは、忠誠とか忠義とかいう意味です。で、その名詞形がLoyalty。Eternal Loyaltyは、永遠の忠誠、という意味になるんでしょう。

さてさて、日本一のラピラピ作家であらせられるコウコウさんから、またも挿し絵をいただきました(^^)。うぉぉおおぉおお(壊れ)、めちゃくちゃかわいいじゃんかぁ(横浜弁)。「体感、君もラピラピの髪をすこう! みたいな(笑)」とのことなので、ちょっとすいてみます。さわっ……(トリップ中)……ふぅ(謎)。

コウコウさんのページ[Gallery Theoria]

書かないと言っておきながら、再び登場のメイドラピラピ。次回のことは鬼が笑いそうなので敢えて言いません(笑)。でも、こんなに素晴らしい挿し絵をもらえるなら、また書くかも(爆)


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