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コウコウさんによるすばらしい挿し絵がついておりますので、完全に読み込みが終了してから読むことを強くお勧めします。


メイドラピラピ特別篇
うたかた模様

text and edit by 成瀬尚登( n2cafe@s27.xrea.com )


 

  1

 

 ラピスの旦那さまであるアキトは、いま一人で雨の降りしきる中を歩いていた。

「いいよ、歩いて帰るから」

 と、ネルガル月研究所責任者のエリナに言ったまではよかったが、雲行きに対する警戒がたりなかった。屋敷まで半ばというところでポツリポツリと雨粒が落ち始め、まずいな、と独り言をいった途端に、それは本格的な降雨となった。一瞬、ラピスに迎えに来てもらおうかとも思ったが、研究所を出る前に「すこし遅くなる」と電話で言ってしまった手前、今さらそれを撤回するのも気が引けたし、なにより、待っている間に歩いていれば屋敷についてしまうだろう。

 そう考えて、彼は歩みを再開したのだが……見通しが甘かったのは認めざるをえないだろう。黒いコートは水を吸って肩にずっしりと重くのしかかり、普段はその堅さ故にハネてしまっている髪もベタぁっと額に張り付き、水滴が前髪から顔をつたっていく。肉体的には感覚をほぼ喪失したとはいえ、精神的な意味での不快感はどうしようもなかった。

 だから、ぼんやりと屋敷の明かりが暗がりの向こうに見えてきたとき、彼はほっと気を緩めて、足をいそがせた。

「……ただいま」

 ドアを閉めて雨音を過去のものにすると、やれやれといった顔でコートを脱ぎ、もはや気休めにもならないが、コートについた水滴を払った。

 それを終え、あたりまえのように顔を上げる。

 そこには誰もいなかった。

 ただいま、ともう一度廊下の奥へ声をかけてみる。

 だが、しばらく待ってみても、彼の待っているラピスは姿を見せなかった。

 不審に思いながらも、この不快感をなんとかしたいという思いが先にたって、コートを小脇に抱え、アキトは小走りで廊下を駆けだした。

 浴室には灯りがともっていた。

 ラピスが気を効かせてお風呂の用意をしてくれたに違いない……!

 その心遣いに安堵と賞賛の笑みを浮かべ、脱衣所に入った。

 脱衣所には、温泉宿よろしく、服を入れるかごが用意されている。普段なら、このかごに服を脱いでいれておくと、アキトが入浴中にラピスがそれを下げ、替わりの服を新しいかごに入れておいてくれるのだ。

 それにコートを無造作に放り込むと、視線を浴場の方へ向けた。

 くもりガラスのドアの向こうも電気が灯り、湯気でできた水滴がこちら側からも見て取れた。

 心をときめかせながら、無意識に、かつ、何の疑いもなしに、アキトはそのドアを開けた。

 そして……彼はその場にかたまった。

「ラピ……」

 そこには、鏡に向かって腰掛けに座り、伸ばした左腕にスポンジをすべらせているラピスの姿があった。

 いつもは下ろしている薄桃色の長い髪は黄色いタオルにまとめ上げられ、白いうなじと後れ毛がのぞいている。

 当然、その髪を包むタオル以外に、少女の白い肢体を隠すものは、そこには存在しなかった。

 びくっとしてアキトへ顔を向けるラピス。その金色の瞳は驚きのあまり見開かれている。

 唖然としていたアキトであったが、ラピスとの視線が合ってはじめて我に返ることができた。

「ご、ごめん、ラピス!」

 あわてて浴室のドアを閉め、それに背をむけて、ハアハアいっている呼吸を整える。

「ああ、びっくりした……」

 思わず心臓を押さえるアキト。

 その時、背後できぃぃっとドアが開いた。

「あの、旦那さま……」

 その声に対し、こわごわ振り向くと、ラピスがドアから半身を乗り出していた。

 首から鎖骨、胸までがはっきりと見え、その先のシルエットも、曇りガラスの向こうに続いておぼろげに浮かぶ。

 切なげな貌をやや曇らせて、ラピスは言った。

「すいません。遅くなるということでしたので、お風呂を先にいただいてしまって……」

「ラピス、いいから、身体をひっこめろって!」

 困惑した顔で、アキトが手を振ってラピスをうながす。

 だが、濡れネズミと化しているアキトの姿に、彼のメイドであるラピスが気づかないわけはなかった。

「……旦那さま! 早くお風呂に入らないと、お風邪をひいてしまいます!」

 ラピスは、ラピスの旦那さまの指示とは逆に、そのままの姿で浴場から出てきた。

 一瞬、アキトの視界にラピスの裸身が入る。

 どきっとして、アキトは身体ごとラピスから顔を背けた。

 だが、気配が背後に張り付く。

 そのぐっしょりと水分を吸った服ごしに、背中に手が添えられた。

「こんなに濡れてしまわれているなんて……早くお服を脱がないと……」

 アキトの脇の下から白い手が伸びてきて、それはそのまま胸の前のボタンへと伸びた。

 背中にピトッという感触が走る。

 発光して引きつった顔のアキトが、ようやく自我を取り戻した。

「だぁぁぁあ、離れろ、離れろって、ラピス!」

「離れてはボタンがはずせません」

 ラピスはきっぱり言った。

「え……いや、その……」

 ラピスの指がアキトの胸をまさぐり、そのシャツのボタンを探している。

 ちらりと肩越しにラピスを見やる。思ったとおり、髪を包む黄色いタオル以外に、ラピスを包むものは何もなかった。その体勢のまま動くことができず、アキトは必死に抗弁を投げかけた。

「タ、タオルぐらい巻かないと、ラピスこそ、風邪ひくぞ」

「私のことより、旦那さまの方が大事です」

「それは……あ、でも、ほ、ほら、ラピス、お風呂の途中だったんだろ。俺のことは後でいいからさ、ゆっくり風呂に入っていてくれって」

 すると、ラピスは顔を上げ、にっこりと微笑んだ。

「いえ、旦那さまのお背中を流しますので、このままで結構です」

 その言葉に、アキトは顔をひきつらせた。

 時を同じくして、ラピスの手がアキトのシャツのボタンを探りあてる。

 その瞬間、彼は妥協と敗北を認めざるを得なかった。

「……わかった、背中でも何でも流させてやるから、タオルを巻いて、あっちで待ってくれって!」

 すっとアキトの身体を包むラピスの腕がほどかれた。

「はい。では、お待ちしております、旦那さま」

 明るい返事と共に、ラピスの気配が離れていく。

 ガサゴソというかごをあさる音、その音にドアが閉まる音が続いた。

 がっくりと肩を落とす。アキトはため息まじりに服を脱ぎ、それをかごの中へ放り込みはじめた。

 

  2

 

 腰にタオルを巻き、緊張の面もちでアキトは浴場に足を踏み入れた。

 言いつけどおり、ラピスは黄色いバスタオルで身体を包み、嬉しそうにしてそこで待っていた。

 そのラピスが近寄ってくるのを手で制すると、大きく回避する軌跡を描いて、ぎこちない動作で横に移動する。ラピスの無邪気な視線に耐えながらも浴槽に到達すると、手桶ですばやく身体にお湯を浴びせる。それを済ませると、アキトは湯船に脚を入れ、続いてゆっくりと身体をつからせた。

 ふう、と思わず声が出てしまうのは、人情というものだろうか。

 本来、湯船にタオルをいれてしまうのは反則である。それ以前に、普段、アキトはタオルなどを腰に巻かない。巻く必要がないからだ。だが、今はその必要が充分すぎるほど存在した。だから、タオルをそのままにして、目を閉じた。

 一日の疲れ、帰路の苦難、それらが癒されていくのをしみじみと実感する。

 そして、不意に目を開けると、すぐ目の前にラピスの微笑みがあった。

「おわぁあっ!」

 思わず後ずさりするアキト。いつの間にか、ラピスが湯船に入り、彼の横に座って、顔をのぞき込んでいたようだった。

 追うように、ラピスはアキトの方を向く。

「あ、あの……お背中を……」

「わかった。わかったから、あっちで待っていてくれって!」

 はい、と明るく返事をすると、ラピスは立ち上がって湯船から出た。

……やがて、その時間が来た。

 腰掛けが二つ。

「……そんなに背中、流したいか?」

 湯船から上がったアキトが、あきらめが悪そうに言う。

「はい、ぜひ」

 ラピスはにっこり微笑んだ。

「……こだわるんだな」

「旦那さまのお背中をお流しするのは、初めてですから」

「そうか……」

 その無邪気さに抗しきれず、アキトは覚悟を決めて、前の腰掛けに座った。

 ラピスに背中を見せる。

 その時、あっ、というラピスの声を、彼は聞いた。

 金色の瞳が見開かれるのが、鏡ごしに見てとれた。

 さらに、すぐに微笑みを取り戻して、後ろの腰掛けに座るのも。

「……熱かったら、おっしゃってくださいね」

「ははは、わかんないってば」

 手桶から流れ落ちる湯が、彼の背中を伝わる。

 泡のついたスポンジが、その跡をていねいに追う。

 その間、何も会話がなかった。

 慈しみような暖かい表情のラピス。

 遠い目で、そして、どことなく晴れやかな顔をして、じっとラピスに身を委ねているアキト。

 記憶の彼方……その向こうの平凡な日常を、彼は見ていた。

……背中を終えたラピスの手が、彼の前の方に進もうとしたとき、ようやくアキトは現実世界に復帰した。

「前はいいよ。自分でやるから」

「ですが……」

「それよりも、風呂上がりの用意をしておいてくれないか」

 微笑むアキト。

 その言葉に、不満そうな顔を見せていたラピスは、急に笑顔になった。

「はい、かしこまりました」

 すっくと立ち上がり、ドアへと向かう。身体に巻いていた濡れたバスタオルを絞るため、ラピスがタオルに手をかけるのを見て、アキトは視線を逸らした。

 絞られて水が滴る音が数回、失礼しますという声、ドアが開く音と閉まる音を聞いて、アキトはほっと一息つき、スポンジを取り上げて腕を洗いはじめた。

 

  3

 

 青いバスローブを着て、アキトは応接間を兼務する居間にいた。

 いつものソファーに座り、くつろいでいる。

「……失礼します」

 ほどなくして、黄色いバスローブに身を包んだラピスが、トレイを携えて部屋に入ってきた。

 銀のトレイの上には、ハーフボトルのワイン1本とグラス1つ。

 テーブルの脇にひざまづいてトレイを絨毯の上に下ろす。冴えたグラスを静かにアキトの前に置くと、まえもって栓の抜いてある赤ワインを取り上げて、グラスに注いだ。

 さらりと流れる薄桃色の髪の間から、風呂上がりで桜色にほんのり染まった首筋とうなじが見て取れた。それは、どことなく艶めかしいものとして感じられた。

「ありがとう」

 グラスに注ぎ終わったのを見届け、アキトはぐいっとワインをあおった。半分ぐらい飲んだところでグラスを戻す。

 ふう、と声が出てしまうのは、やっぱり人情というもの。

 ふと見ると、ラピスが興味深げな視線を向けていた。

 ふふっと笑うと、おもむろに彼はグラスをラピスに差し出した。

「あの……」

「すこしぐらい、大丈夫だよ」

「……そうですか」

 おそるおそるグラスを口許に運び、そして、ほんの少しだけ口に含んで、コクンと喉を鳴らす。

「ふぅ……」

「どうだ?」

 興味津々でラピスの顔を見つめるアキト。

「……少し苦いです」

 やや顔をしかめるラピス。

 そうか、と彼は微笑した。

 ラピスからグラスを受け取り、ぐいっとそれを飲み干す。

 飲み終わった時に、ふうっと言ってしまうのも……。

 間髪入れず、ラピスはボトルを取り上げ、グラスにワインを注ぎはじめた。

「……そういえば、さっき、何で驚いたんだ?」

 不意に、アキトがそれを思い出してラピスに尋ねた。

 すると、ラピスはびくっと肩を振るわせた。

 不審そうな顔をするアキトに対し、その表情をやや曇らせながらもグラスにワインを注ぎ終えると、ラピスはそのままうつむいた。

「ラピス……?」

「実は……傷跡がたくさんありました」

「傷跡……?」

 そう言った後、アキトはそのことに思い至った。

 あの事件が起きてから……実験や訓練などで、自分の身体は傷だらけになっているにちがいないということに。

 グラスを取り上げてじっと見つめ、それをわずかに傾けながら、アキトは寂しげに微笑んだ。

 その傷跡は、見るものにとっては、やはり、単純に恐ろしいものなのだろう。

 だが、ラピスの次の言葉で、アキトはその気持ちを心から恥じた。

「それで……そんなに傷を負っていた旦那さまに、今まで気づかないでいた自分が情けなくて、それで……どうやって旦那さまを癒せばいいのか、わからなくて……」

……グラスを置き、アキトは、すっとその手をラピスの髪にのばした。

 優しく髪をすき、愛おしそうに撫でる。

「ありがとう、ラピス。その気持ちだけで、俺は嬉しいよ」

「……ありがとうございます、旦那さま」

 ラピスは顔を上げる。そこにはいつもの笑顔が戻っていた。

 そして、恥ずかしそうに、ためらいがちに言う。

「あの……もう一口、よろしいですか?」

 ああ、とアキトがうなずくと、ラピスはグラスを取り上げ、再びかわいらしくコクンと喉を鳴らしてワインを飲んだ。

 ふうと、息を吐いて、アキトの方を向く。

……その時、アキトは微かに違和感を感じた。

 ラピスの頬が赤い。もちろん、それは風呂上がりということもあるだろう。

 しかし、それだけではない。

 その金色の瞳も、トロンとしていた。

「旦那さまぁ……」

 ラピスはソファのひじかけに置いてあるアキトの腕にすがるように両手をかけ、上目遣いで彼を見上げた。

「どうすれば、旦那さまを癒すことができるんですか……?」

 アキトはドキッとした。その視線に、ただならぬ妖艶さを感じたからだ。

「そ、それはもちろん、あいつを助け出してだな……」

「奥さまですね……やっぱり、奥さまのことを愛していらっしゃるんですね」

「あ、ああ、も、もちろんだとも。はははは……」

 さすがにアキトはうわずった声で答えた。

「……でも、私だって、旦那さまのことを愛しているんです」

「ありがとう」

 その言葉に、ラピスはぷぅっと赤い頬を膨らませた。

「ありがとうじゃありません。どうして、私じゃダメなんですか、旦那さまぁ?」

「……その気持ちだけ、受け取っておくよ」

 動揺を隠しつつ、アキトは爽やかな笑顔を見せた……つもりだった。いつものラピスなら、こういうクサいセリフで終いのはず。

 だが……最初、いつもの5倍もあろう熱い視線をアキトに送ったラピスではあったが、それはすぐに消え、そして、急に涙ぐんだ。

「私だって……奥さまに負けないぐらい、旦那さまのことを愛しています。それでも、私ではダメということは……旦那さまは私を愛していないんですね」

「それは違う」

「じゃあ、言ってください」

「な、なんてだい?」

「ラピスのこと、愛してるって」

「え゛っ!!」

 その言葉に、ラピスが涙をこぼした。

「言えないんですね」

「いや、その……」

「いいんです……私はメイドなんです。メイドが旦那さまの愛をいただくなんて、無理な話だったんです……ううううっ」

 おろおろするアキトの腕に顔をうずめ、ラピスが泣き出した。

「……愛してる」

「……聞こえません」

「愛してる!」

「……誰をです?」

「ラピス、お前を愛しているんだ!」

「旦那さま!」

 ラピスは顔を上げる。

「私も、旦那さまのことを、愛しています!」

 アキトの腕に、嬉しそうに頬を擦り寄せる。

 そして、ラピスは、さりげない仕草で一口分残っているワインのグラスに手をのばし、ぐいっとそれをあおった。

 アキトは唖然として、それを見守るしかなかった。

「ふぅ……」

 ことんと音をたててグラスを置き、おもむろにラピスは言った。

「でも、ですよ。どうして、旦那さまは奥さまでないと、癒されないんですか?」

「それは、その……ほら、結婚してるしさ、俺たち」

 すっかり口調が、”半端者”時代のそれにもどっているアキト。

 だが、そんな答えでは納得いかないと、ラピスの顔に書いてあった。

「結婚っていっても、紙を役所に出すだけじゃないですか。旦那さまを愛する気持ちは、ラピスは奥さまに負けませんし、旦那さまだって、ラピスのこと愛してるって、さきほどおっしゃいました。それ以外に、何かラピスに足りないものがあるんですかっ!」

 その迫りように、アキトはタジタジになって何も答えられなかった。

 やがて……ラピスは悟ったように言った。

「……からだ、ですか?」

 その言葉に、アキトはぎくっとする。

「か、からだって、ラピ……」

「奥さまは大人で、私が子供だからなんですか!」

「いや、待て、落ち着け、ラピ……」

「そんなの認めません。見てください!」

 ラピスは自らの身体を隠していた黄色いバスローブを開いた。

 

「見てください!」

 

 次の瞬間、思わず顔を背けようとするアキト。だが、ラピスの言葉で気勢をそがれた。

「きちんと見てください!」

 アキトは良心の呵責に悩みながらも、視線を移す。

 肌全体が上気して桜色に染められた、ラピスの美しい裸身がそこにあった。

「どこか汚いとかヘンだってところ、ありますか?」

「……いや、別に……」

「胸はありませんが、ダランとだらしなく垂れているよりも絶対にいいと思います!」

「それは、そうだけど……でも……」

 苦し紛れに放つ逆接の接続詞。

「……でも?」

 ラピスは憮然として、一歩前へ足を踏み出した。

 本能的にアキトは後ろへ退こうとするが、ソファがそれを妨げる。

「……ほ、ほら、ラピスはまだ子供だしさ、うん、も、もっと自分を大切にした方がいいよ。あ、あははは……」

 混乱しきった彼の思考がはじき出したのは、とっさの言いわけだった。笑って誤魔化すのは、彼の「助けたい人」から継承したものか……。

 だが、その態度が、かえってラピスの神経を逆撫でしたようだった。

 バスローブを、ふぁさっと床へ落とす。

「子供だからって……なにか関係あるんですか?」

「あ、あの……ラピ……」

 そして、固まって動けないアキトの顔に、艶やかな瞳をたたえた顔を近づける。

「旦那さま、食わず嫌いはいけませんよ……」

「く、くわずぎらいって……」

「私は、旦那さまの食わず嫌いを……直して差し上げたい……」

 そう言うと、ラピスは目を閉じて唇をつきだし、アキトの唇を待った。

 アキトの心臓は爆発しそうなくらいに強く鼓動していた。

 この一線を越えてしまえば……。

 そういう欲望も心を横切った。そうなれば、この先、ラピスと楽しい日常が待っているに違いない。

 けれども……アキトは思いとどまった。

 自分が欲しいのは、この日常ではない。

 失われた、あの日常なのだ。

 悟られないよう、空になったグラスにワインを注ぎ、ラピスの目の前につきだした。

「さ、ラピス、おあがり……」

「はい……」

 失望半分期待半分な顔で、言われるままにラピスはぐいっとグラスを傾ける。

 そして、グラスを置いた瞬間、彼女の身体は絨毯の上に崩れた。

 ふうっと、安堵のため息をつくのは、人間として当然のことか……。

 アキトは立ち上がり、床に落ちているバスローブを取り上げてラピスにかぶせ、抱き上げてラピスの寝室へと向かった。

  ☆

 翌日、すっかり記憶をなくして二日酔いに苦しむラピスと、それを優しく看病するアキトの姿があった。


あとがき

この作品は、コウコウさんの「Gallery Theoria」の開設記念にお贈りした作品に加筆・修正を加えたも……ぐはっ! 挿し絵がついたぁあ!しかもご開帳(謎)!うぉぉおぉ……(壊れ中)……ふぅ、心拍数、血糖値(謎)、正常値に復帰。

いつものメイドラピシリーズとは違って、幾分……いや、十二分に危険な香りの漂う作品に仕上がりました。でも、特に言い訳はありません。私はこんな人間です(ぉぃ)。前作のメイドラピラピが切なさ全開だったことに対する反動が出たのかも知れません。ともかくも、いつも以上に楽しんで(悪ノリして(笑))書いていたのは事実です。

タイトルの「うたかた」とは泡のことです。鴨長明「方丈記」参照。意味は、ヤボなので敢えて言いません。また、英語タイトルは「Naked Desire」で、AXSの曲のタイトルからとりました。こちらもわかりやすいので、とくに解説はしません。

ちなみに余談ですが、「メイドラピラピx旦那さま」の傾向が比較的強い作品を「特別篇」としています。順番からいくと、次回は……いや、言うと実現しないので、敢えて言うまい(笑)。

さて、挿し絵のお話。このシーンが一番欲しかっただけに、感激もひとしおです。まちがいなく破壊度150%(当社比)。バスローブも透けているし(ぉぃ)。うーん、そそる(ぉぃ)。いっそ、正面にまわって見てみたい(爆)。

コウコウさんのページ[Gallery Theoria]


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