Pure Blue Rain

text and edit by 成瀬尚登( n2cafe@s27.xrea.com )


 

 雨雲の向こうに、星の大河がある。

 少女はひとつため息をついた。

 

 そして、ため息をついた自分を振り返る。

 梅雨のうつろな空模様、雲の波紋、雨滴(うてき)のさざめき、そのひとつひとつの輝き……。

 そこには、日々の移り変わりに心を寄せる自分がいた。

 

 雨雲の向こうに、星の大河がある。

 それを知るから、少女はまた一つため息をついた。

 

    ☆

 

 プラスティックのかごをレジの横に置くと、やや表情を曇らせながらアキトが店の出口へと向かった。ガラス越しに映る店の外の風景は灰色の薄いフィルターがかけられたようにぼやけている。

 ドアがすっと左右に開く。

 そこに待っていた期待通りの状況に、彼はため息をついた。

 導線がはっきりと見えるほどに雨が強く降っている。

 アキトの手には、店のロゴの入ったビニール袋一つだけ。

 露骨にまゆをしかめて黒い雨雲に埋まった空を一瞥し、意を決して走りだそうと身体をこわばらせた。

 そして、すぐにそれを解除した。

「……アキトさん」

 ピンクの傘をさしている少女がそこにいた。

「ルリちゃん……」

 雨の向こうのルリを見つめるアキト。

 ルリはゆっくりと歩み寄ってきた。

「驚きましたか?」

「う、うん……でも、どうしてここに?」

「……偶然です。傘、はいりませんか」

「あ、じゃあ、遠慮なく」

 腰をかがめて自分よりも背の低いルリの傘の中に頭を入れる。

「その荷物を持ちますから、アキトさんは傘を持ってください」

 無表情のまま、ルリはアキトの持っているビニール袋に手を伸ばす。

 自分の要領の悪さにバツの悪い顔をして、アキトはそれをルリの持つ傘と交換した。

 

……雨色の絵の具で無彩色に染まった街、それを皮肉るようにピンクの傘が揺れながら進む。

 アキトはやや腰をかがめ、ルリに雨がかからぬように気をつかって傘を持っている。

 もう一人の傘の住民であるルリは、ビニール袋を両手で持ち直し、アキトに顔を上げた。

「何が入っているんですか?」

「……聞きたい?」

「はい」

「内緒」

「……内緒、が入っているんですね。わかりました」

「冗談だって……」

「いいえ、もういいです」

「怒ってる?」

「いいえ、怒っていません」

「だって、ほっぺたに『怒ってる』って、書いてあるよ」

「……200年前の言い訳です、それ」

「いや、ほら……」

 空いている手をルリの顔に近づけ、白雪のような頬に指をすべらせる。

「あっ、や、やめてください……!」

 ルリは顔を背ける。だが、両手がふさがっているため、すぐにアキトの指の追っ手に捕まってしまう。

「ほら、ここに、『怒っ・て・る』ってね」

「あ、いや、やめ……!」

 嫌がるルリを楽しむように、アキトが指で文字を書きつづける。

 くすぐったさにルリはいよいよ身体をよじって逃れようとしはじめた。

 その時、ずるっという音と共に、ルリの身体がアキトの視界の下の方に流れた。

「きゃぁ!」

「危ない!」

 とっさにルリへ手が伸びる。

 抱えるように、その華奢な身体を後ろから捉えた。

 ばちゃっという、袋が落ちた音。

 トントントンという、傘が転がっていく音。

「……ごめん、ルリちゃん」

「……いいえ、私こそ、袋、おとしちゃいました」

 アキトはルリの身体を引き上げて立たせると、その脇に落ちている泥まみれのビニール袋を取り上げ、中をのぞき込んだ。

「うん、大丈夫。心配しないでいいよ」

「中身はなんなんです?」

「豆腐と玉子」

「……買いに戻りますか?」

「そうしようか……」

 

    ☆

 

「せっかくの誕生日なのにね……」

 二度目の帰り道、こんどはごく普通に同じ傘に収まって二人が歩いている。

「梅雨ですし、誕生日だから晴れるなんて、そんなに上手くいくとは思っていません」

「でも、それに、七夕だしさ。天の川が見れないから……」

 ルリはアキトを見上げた。

「織り姫と彦星は、雲の上で逢ってます。邪魔しちゃだめですよ」

 それだけ言うと、ルリはまた視線を戻した。

 アキトは意外そうにルリをしばらく見つめた。

 突然、ルリが足を止める。

「どうしたの?」

 アキトはルリの視線の先を合わせた。

「……アジサイ?」

 紫色をしたアジサイの花、それが雨粒で着飾ったように輝いていた。

 ルリはそのままの視線で言った。

「はい。昨日は青だったんです。でも、今日は紫なので」

「ふぅん……」

 感心したようにそうつぶやき、アキトはもう一度アジサイに目をやる。

 ルリはくるっと振り返る。

「雨が降ると色が変わるって、本当だったんですね」

 その金色の瞳には、純粋な喜びの光を宿していた。

 アキトは微笑んだ。

「ルリちゃん……」

「アキトさん?」

「ルリちゃん、変わったね」

「そう……ですか?」

 ルリが微笑む。

 アキトは思わずどきっとした。

「うん、何というか、うまく言えないけど……大人になったというか、その……」

 自分のつむぎ出す言葉に照れながらも、行きがかり上、途中でやめるわけにもいかず、しどろもどろになりながら、言葉を続けていく。

 すると、ルリはじっとアキトを見つめて、ふふっと笑った。

「私を変えてくれたのは……きっと、アキトさんですよ」

 あっ……と言ったきり、アキトには言葉が見つからない。

 それを面白がるように、ルリはまた楽しそうに笑った。

 

    ☆

 

 降りはじめた雨に、きっと、また会えることを……。

 


あとがき

ルリルリ、お誕生日おめでとうございます♪

こんにちは、はじめまして、成瀬尚登です。このページの管理者であらせられる大塚りゅういちさんからは、いみじくも「師匠」と呼ばれているのですが、大した師匠らしいことをやっているわけではなく、しかも、この小説が初めての投稿となるのですから、まったくもって不肖の師匠です(笑)。また、”闘うゆりかまにあ”を名乗っているせいで、ルリルリが嫌いだと誤解されてしまうのですが、実際はというと、ルリルリも好きです。ええ、大好きです。ただ、ルリ以上にユリカの方が好きということなのです。

さて、この小説なのですが、実はイメージの元となった曲があります。既に「卒業」してしまったaxsというユニットの「PALE BLUE RAIN」がそれです。最後の1行はその歌の歌詞からとりました。梅雨の時期になると、この曲と、TM NETWORKの「雨に誓って」を聞いて、雨に想いを走らせます……と言っても、大学時代は雨が降っていたら学校を休んでいたぐらいに、実際は雨が大嫌いなんですけれども(笑)。

最後になりましたが、大塚りゅういちさん、ルリルリウィークを開催していただいて、ありがとうございました。

成瀬尚登( n2cafe@s27.xrea.com )


回想録 (08/10/2003記す)

 本作品は、1999年7月7日に大塚りゅういちさんが主催された「ルリルリウィーク」に投稿されたものです。「あとがき」で触れているとおり、”ゆりかまにあ”であってもルリも好きですから、こういう作品を書くことには何ら抵抗はありませんでした。もっとも、ルリxアキトとはっきり述べていないところに狡さは垣間見えますが……(笑)。

 内容としては、詩的なイメージを優先した掌編を意識していたため、主題性よりも表現重視の作品になっています。そのため読後の印象は薄くなっちゃいますが、こういうほのぼのとした日常もいいのかなと思ったり。

 補足ですが、「あとがき」で「既に「卒業」してしまったaxsというユニット」とありますが、accessは無事に2002年に復活しています(笑)。


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