NADESICO the MOVIE REMIXED ALTERNATIVE


NADESICO the MOVIE REMIXED ALTERNATIVE

featuring "Electric Nymphet"

text and edit by 成瀬尚登( n2cafe@s27.xrea.com )


 

第1章 時・彼・方 - the end of genesis -

 

 

    1

 

 ぐずついた空、梅雨にはいりたての6月の朝。

 連合宇宙軍本部に、一台のハイヤーが停まった。

 銀色の髪の少女が後部座席から降りる。

 ふわりと髪を揺らせ、歩き出す。

 硬質ガラスでできたドア、その前に立つ守衛にちらりと視線を投げかけ、建物の中に入った。

 吹き抜けのフロアの奥にあるエレベータに乗り、到着階のボタンを押す。

 やがてエレベータが停まる。

 廊下へと出てそのまま歩き出し、少女は、自らにあてがわれた部屋の前に立った。

 一瞬、不審な顔をする。

 既に中には誰かが居ることに気づいた。

「……おはようございます」

 中をうかがいながら、ドアを開ける。

「おはようございます!」

 すると、中にいた少年は、すっくと立ち上がって直立不動になり、少女に敬礼した。

 少年……マキビハリ少尉。

 少女は、こころなし表情をゆるめた。

「ハーリーくん、今日は遅番なのに、早いですね」

「は、はい……い、いえ」

 慌てているのか、とまどっているのか、照れているのか、その3つともなのか、ハーリーの顔はそれらが織りなす絶妙の配色を見せている。

「どっちなんですか?」

「えっ……あ、あの、艦長にお知らせしたいことがありまして」

「私に、ですか?」

 特に誰のものと決まっていないソファに腰掛け、少年を見上げる形で問いかえす。

 すると少年は胸を張り、自信に満ちた声で言った。

「はい。艦長は、コロニー『シラヒメ』をご存じですよね」

「ええ、知っています」

「その『シラヒメ』なんですが……」

 そこで少年は、誰にも聞かれるはずもないのに、思わせぶりに小声でルリの耳元でささやいた。

「どうやら、昨日、爆発したらしいんですよ」

 少年が、やった、という顔をする。

 だが、それを聞いて、少女はテーブルの上にあった新聞をとって広げた。

「……知ってます」

「し、知っていますって、艦長。本当に?」

 予想外の反応に、少年は慌てて前に回り込んできた。

「はい……日課ですから、統合軍コンピュータへのハッキング」

 しらっと、少女……ホシノルリ少佐は新聞から少しも目を離さずに言った。

 はぁ、という少年のため息が新聞の向こうから聞こえてきた。

「なんだ……ご存じでしたか……」

「……もしかして、それを私に教えるために、こんなに早く来たんですか?」

 新聞を下げ、少年を見る。

 肩を落としてがっくりしていたハーリーは、急に姿勢をただす。

 ルリは、じぃと見つめた。

 居心地が悪そうに、少年はそわそわしだす。

 そして、ルリは、急に微笑みを見せた。

「……ありがとう、ハーリーくん」

 少年は、顔を赤くしてその場に立ちつくした。

 ほどなくして、ルリはムネタケ参謀長の執務室に参上した。

 「朝早くにすまないね、少佐」

 そう言う参謀長の目の下には、うっすらとクマができていた。昨晩から徹夜で情報収集に当たっていたことが明らかに見て取れた。

「いえ、お気遣いなく」

「そうかね……じゃ、話をはじめようか。コロニー『シラヒメ』は知っているね」

「はい」

「その『シラヒメ』が、昨晩、爆発した」

「知ってます」

 奇妙な既視感をもって、ルリは答える。

 すると、参謀長の顔に、感心と面白いという色が浮かんだ。

「少佐は情報収集が早いね」

「はい、趣味ですから」

 何が、という主題の提示を敢えてせず、ルリは平然と答えた。

「……では、『シラヒメ』が、正体不明のマシンに破壊されたことも?」

 今度は試すような参謀長の視線がルリをうつ。

 だが、ルリは少しも動じることなく、はい、と肯定した。

 ほぅ、というため息が、参謀長の口から漏れた。

「その通りだよ、少佐……『シラヒメ』で哨戒作業にあたっていたアオイくんからの報告があってね。所属不明、型番、形式、その他一切不明、大きさにしてエステバリス級の2倍のマシンが出現して、『シラヒメ』を破壊したそうだ」

「出現?」

 ルリはまゆを寄せる。

「そう、出現。周辺宙域にはボーソ粒子の反応が見られたそうだよ」

「ボソンジャンプ……」

 ボソンジャンプ……一般に瞬間移動の手段として理解されている物理運動。ボソンジャンプをする際に発生する粒子をボーソ粒子という。

 このボソンジャンプを実用化し、宇宙空間を有機的なネットワークとして利用していくというのが、政府の進めている”ヒサゴプラン”である。ヒサゴプランはボソンジャンプの「駅」としての役割を果たすターミナルコロニー群を形成している。コロニー『シラヒメ』もその一つにして中核を担っていた。

 だが……ルリは知っている。ボソンジャンプの正体を。ボソンジャンプは普遍的な物理運動ではないことを。火星極冠にある遺跡、それの作用に頼っているに過ぎないことを。その遺跡に対して移動先のイメージを送ることが出来る人間……ジャンパーは、ごく限られていることも。先の地球と木星との大戦は、実はその利権をめぐって起きたことも。そして……争いの元となる遺跡を、どこかへとばしてしまったことも。

 ルリは、言いようのない不快感に襲われた。

 参謀長が、冗談めいた顔を近づけてきた。

「……亡霊、という噂が流れているがね」

「そんな形而上的な話に興味はありません」

 必要以上にルリは強い口調で言ってしまった。そして、はっとする。

「すいません……」

「いや、気にしなくていいよ……そこで、だ。少佐」

 ムネタケ参謀長は密やかに言った。

「ナデシコbに、『アマテラス』へ向かってもらおうと思っている」

「『アマテラス』……」

 ルリは虚空へ視線を移し、記憶を探る。

「……ヒサゴプラン、最後のコロニーですね」

「いかにも。狙われるとすれば、次はそこだろう」

「……ナデシコbにそれを倒せ、とおっしゃるのですか?」

 ルリは、いぶかしげな視線を容赦なく参謀長に向けた。

 NS955B・通称ナデシコbは試験艦である。本来は次世代型戦艦が配備されるはずだったのだが、製造工程の遅延により納期が遅れてしまうため、それまでのつなぎとして過渡的に就役している。もちろん最低限の兵器……グラビティーブラスト1門と新型エステバリス1機が配備されてはいるが、本格的な実戦での運用には明らかに力不足である。

 したがって、ルリは、その艦長として、しごく当然の質問をしたまでだった。

「いや、戦闘行為に参加しなくてもいいよ」

 参謀長の返答は素っ気なかった。

「はい……?」

 唖然とするルリに、ふっと参謀長は笑った。

「戦闘行為に参加するか否か、それは現場の判断にまかせるよ」

「では、一体……?」

「そうだな……ヒサゴプランの裏に何があるのか。それを知りたいんだよ、少佐」

「その命令は、抽象的過ぎます」

 間髪入れず、ルリは冷静に指摘した。

 だが、ムネタケ参謀長は無言でルリを見つめている。

「……わかりました。微力を尽くします」

 少々思案して、ルリは答えた。

 うんうん、と参謀長は顔をほころばせて頷く。

 だが、それを遮るように、ルリは続けた。

「それで、一つお願いがあります」

「なんだね」

「テンカワユリカ准将を、ナデシコbの提督として乗艦していただきたいのです」

 この言葉に、参謀長の顔が強ばった。

「……それは急にして難しいお願いだね、少佐」

「わかっています。でも、私は准将についてきていただきたいのです」

「テンカワ准将がいなくても、君は、ひとりで、充分にこの任務をこなせると思っているんだがね」

「ありがとうごさいます。しかし、テンカワ准将がいれば、より安心してこの任務を遂行することができます」

「……ホシノ少佐、私を失望させないでくれ。私は、君の実力を信じて……」

「そんな実力がないことは、自分が一番良くわかっています」

 金色の瞳が、まっすぐに参謀長の目を射抜く。

 やがて、ふうとため息をつき、彼は言った。

「……わかった。とりあえず総司令にはその旨、話をしておく。ただし、テンカワ准将本人が嫌がれば無理だ。それに、基本的に、私もその提案には反対だということを憶えておくように。いいね」

 はい、とルリははっきりと答えた。

 午後になって、ルリはテンカワユリカ准将の執務室へ向かった。

 執務室のインターフォンのボタンを押す。

”はい”

 凛としたユリカの声がスピーカから聞こえる。

「ルリです、ユリカさん」

”あ、ルリちゃん。どうぞどうぞ”

 シュイィンという摩擦音がして、ドアが開いた。

 ルリが執務室の中に入ると、椅子に座っていたユリカは、持っていた白い紙束を無造作に机に放ち、立ち上がった。

「こんにちは、ユリカさん」

「こんにちは。どぞどぞ、そこに座って」

 ルリは執務机の前にある一対の革ソファに腰を下ろした。

 ユリカはしゃがみ込み、机の脇にある小型の冷蔵庫を開けている。

「……何にする、ルリちゃん」

「では、オレンジジュースをお願いします」

「オッケー」

 閉じた膝の上に手をおいて、ルリはじっとユリカを見つめた。

 ユリカは両手に缶を持って立ち上がり、さりげなく脚で冷蔵庫のドアを蹴って閉めると、そのままルリの前のソファへと歩み寄った。

「はい、これでいい?」

 ルリの前に、缶一面のオレンジのイラストが描いてある、自己主張の激しいオレンジジュースが置かれた。はい、と返すと、ユリカはルリの対面のソファに腰を下ろした。

 ユリカが紅茶の缶を開けるのを待って、ルリも缶を開ける。

 それに一口つけると、ユリカが平然と話しはじめた。

「……ナデシコbで、アマテラスへ行くんだよね」

「えっ?……あの、どうしてそれを?」

 驚いてルリはユリカを見る。意味深なウィンクでユリカはそれに応えた。

「ムネタケさんから聞いたんだよ。テンカワ准将、これは極秘情報なのだが、って言って」

 ユリカが缶に口をつけ、喉をならす。

「……たぶん、みんな知っていると思うよ」

「そうですか……」

 ユリカがウィンクする。ルリは思わず微笑んだ。

 ふと、ユリカの持っていた束のことを思い出す。

「あの、お忙しいところではなかったのですか?」

「ぜんぜん暇だよ」

「なにかを読んでましたよね」

「ああ、あれ……」

 ユリカは立ち上がって机に向かうと、その上にのっていた紙束を取り、ソファに戻ってルリの前にそれを差し出した。

 とまどうルリ。

「よろしいのですか?」

「うん、どうぞどうぞ」

 缶に口をつけながら、いささか行儀の悪い格好でユリカは応えた。

 表紙にはなにも書いていないそれは、報告書のようだった。

 手にとってめくる。数枚めくる。さらにめくる。そして……

「これは……シラヒメの……」

 そこには、シラヒメで起きた事件の詳細が書かれていた。

「……ジュンくんが書いた報告書の草稿だよ、それ」

 平然と、ユリカは言った。

「……政府や統合軍は信用してないみたいだけど。でも、私は信じるよ」

 ルリは報告書を閉じ、テーブルにそっと置いた。

「しかし、そんな大型のマシンがボソンジャンプできるものなのでしょうか?」

「できるよぉ。だって、ルリちゃん……A級ジャンパーが3人でナデシコだってとばせちゃうんだよ」

 あっ、とルリは声を上げた。

 火星の極冠遺跡で木連の包囲にあったナデシコ、それは、火星のテラフォーミングの際に使われた大量のナノマシンが遺跡の影響をうけ、それによって遺伝子が影響をうけた火星人……ユリカたちA級ジャンパーの力でボソンジャンプして難を逃れたのを思い出した。

……ユリカの顔が、沈鬱に曇っている。

 その時の3人のうち、2人はこの世から去った。ひとりは、ネルガル研究所における新型戦艦の開発中の事故で。そしてもう一人は……いまルリの目の前にいるこの人と生涯を共にするはずだった人は……。

「はい……」

 ルリは、そう答えた。何に対してそう答えたのか、自分でもわからない。ただ、そう答えることで、ユリカと想いを共有できると思ってのことだった。

 ユリカは寂しげに微笑んだ。

 寂しげに微笑んで、缶を振った。

「……いつ行くの、アマテラス」

「それはまだわかりませんが、近いうちだと思います」

 こう応えると、ユリカはきょとんとした顔をした。

「思わせぶり、好きだなぁ、参謀長」

 報告書に視線を向ける。

「これだって、いきなり私にくれたんだよ」

「そうなんですか?」

 ルリの心に希望の色が広がった。わざわざユリカに草稿を渡すということは……。

 そのユリカは、飲み終わったのであろう缶を、名残惜しそうな顔で振っている

 それを見計らって缶をテーブルに置き、ルリはユリカに切り出した。

「ユリカさんにお願いがあります」

 そのただならぬ雰囲気に、へ?と素っ頓狂な声を上げユリカは缶を見る視線をルリへ向けた。

「提督として、ナデシコbへ乗ってください」

「ええっ!」

 あからさまに驚いた顔を見せるユリカ。ルリは続けた。

「艦長としての的確な判断を、おしえて欲しいのです」

 すると、ユリカは照れ笑いを見せながら頭に手をやった。

「艦長ったって……そんな、ルリちゃんの方がよく出来てるし。私なんかが教えることなんか……」

「そんなことありません!」

 思わず叫んでしまったことに、自ら驚いて口を押さえた。

 ユリカはびくっとして固まる。

「ルリちゃん……」

「すいません。でも、的確な判断を教えていただきたいのは本当なんです」

 ルリは堅い表情でややうつむいた。真摯なユリカの視線を頬で感じた。

「……今までは、与えられた任務をただこなしてきただけでした」

「それだけでもすごいことだよ」

「ありがとうございます。でも……今回は違うんです」

 視線を上げる。ユリカは、無言でその先を促していた。

「アマテラスへ向かうこと……それ以外は何も指示はありません。すべて私に任されました。それは……とても嬉しいです。”期待された以上、それに応えられる存在でありたい”と、私の尊敬する人はそう言ってます。私もそうありたいと思います。でも、今の私に、それは無理です。謙遜でなく、自分でそれを一番よくわかっています」

 そこでルリは缶に口をつけた。

「……ユリカさんは、それができました。私の知っているユリカさんは、色々な人や組織の利害関係を、明快に判断して解決していました。私は不安なんです。ひとりで何もかも決定するのが……私の言葉が正しいのかどうか、わからない……恐いんです。ですから、私は、ユリカさんに、そばにいて欲しいんです。お願いです、ナデシコbに乗ってください」

 感情が溢れてくるのを無理にこらえて、ルリはユリカを見つめた。

 やがて、ユリカは遠い瞳をして、缶を振った。

「……ユリカは、ナデシコの提督さんなんだぞ、えっへん、か……」

「ユリカさん!」

 ルリは、思わず立ち上がってしまった。

「あ、でも、その前にお父さまの許可をもらわないとダメだよね。こっちの方が大変だと思うけど。あはは……」

 その勢いに押され、途端に照れ隠しのために、何も入っていないはずの缶にユリカは口をつける。

 ルリは華奢な身体を曲げてユリカに顔をつきだし、明るく微笑んだ。

[序章]|[第1章2へ続く]


回想録 (08/10/2003記す)

 本作品は、大塚りゅういちさんのサイト「大塚りゅういちの隠れ家」に投稿された作品です。

「序章」の「あとがき」にもありましたが、「REMIXED」のルリ視点版を想定して執筆していました。やはり「REMIXED」が成瀬尚登の出世作の一つですので、この作品への期待も肌で感じた(時折、執筆再開の問い合わせメールが来るくらいです)のですが、同人活動への移行により中断され、そのまま未完に終わってしまいました。しかし、今でも「REMIXED」創作ノートは保存してあるのは未練なんでしょうかね……。なお、この「第1章1」のエピソードについては、同人誌版「REMIXED」の一部でも流用しています。

 サブタイトルの「ALTERNATIVE」は、「別の、もう一方の、(二者択一における)他方の〜」という意味です。つまり、「REMIXED」のルリ視点からの別版という意味です。また、「Electric Nymphet」はルリを意味します。なぜ「Fairy」を使わなかったかというと、TMの「Electric Prophet(電気仕掛けの予言者)」という曲名からひいています。もっとも、「nymphet」は良くない意味もありますが、それは勘弁していただくということで。

 この物語がどのように展開するかですが、基本的には「REMIXED」と同じ時系列、つまり「劇場版」と同じ時系列の上で展開していくことになるでしょう。そうなると、つまり、「劇場版」のノベライズ?というべき展開になってしまうわけで、二次創作としては面白くなくなります。いくつかのヤマはあると思いますが(いつルリがアキトが生きていると気づいたか、ユリカ入院後のルリの行動、等)、結局は、仮に書いたとしても面白くないんじゃないかという気持ちがあったんだと思います。それよりも、もっと新しいものを書きたい……という思いから同人へ行きました。実際、この「第1章1」がwebで公開された最後のナデ小説になりました。

 「REMIXED」は、大げさな言い方ですが、”闘うゆりかまにあ”の魂の象徴でありました。逆にいえば、それが完結してしまった時点で私は劇場版に決着をつけてしまったんだと思います。あとは、二次創作作家の素材としての「ナデシコ」「劇場版」が残るだけで、それは同人活動(「ONE」等)と同等の意義しかなかったのかもしれません。そして、新しい素材が勝ったということです。

 それでも、問われれば「機会があれば……」と言ってしまうあたり、未練たらたらな作品ではあります。ですので、これからも「機会があれば……」と答え続けながら、そのセリフを墓場にまで行くんじゃないかと思います(笑)


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