ccラピラピ/成瀬尚登
「アキトは私の王子さま!」
と言っていたお姫さまは、ラーメンの屋台をひいた王子さまと結婚して、母になりました。
そして、時は流れ……。
〜超A級跳躍少女活劇〜 「ccラピラピ」 |
text and edit by 成瀬尚登( n2cafe@s27.xrea.com )
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ぼんやりとやわらかな、狂おしく緋色な輝きがあった。
濃紺の闇……それは深く深く辺りを包みながらも、その緋い(あかい)貴石は、かすかに伝わる光によって、気高く輝いていた。
無機質な金属の壁に包まれた部屋。
湿気の含まない乾いた空気が支配する空間。
その中央に鎮座して、それは魅惑的に振る舞っていた。
……一瞬、貴石が別の輝きに彩られた。
乱反射をさらす貴石。
それはすぐに落ち着きをとりもどし、ふたたびやわらかな光を放つと、その光の中に、小さな人影が浮かんでいた。
「こんばんわ……」
影の主は小声でそう言うと、辺りに気をめぐらせた。
「だれかいますかぁ……?」
その口調は至って呑気なもの。
返事がないのを確かめると、影は部屋の中央へと動いた。
幻惑されたように、影はしばしその動きをとめる。
やがて、その手がゆっくりと伸び、緋い貴石はその手の中におさめられた。
だが、その時、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
”誰かいるのか!”
影が振り向く。
”き、きさま、どこから入ってきた!”
影が舞い。
”ま、待て!”
影が踊り。
”逃がすか!”
そして、影は消えた。
☆
「へっへー、捕まらないもぉんっだ」
樹齢300年ほどもあろう高い木の枝に、その小さな影はあった。
ついさきほどまで宝石のおさめられていた建物の敷地を悠然と見下ろしている。敷地の中では黒い制服を着た人たちがせかせかと動いているのが見えた。
「せっっかく『予告状』出したのに。信用しないほうがわるいんだぞっ」
そう独り言を言うと、ポケットに左手をつっこんで、ごそごそと探る。
やがて、大事そうにそれをゆっくりと取り出した。
ぼんやりとやわらかい光を放つ緋色の貴石が、白く小さい掌にあった。
それを右手で持ち上げて、顔の前にかざした。
「……ふっふっふ、『エミリオの涙』ゲット!」
魅せられたように、キラキラと輝く貴石を揺らせて楽しむ。
……そよ風が吹いた。
暗雲が晴れ、濃紺の闇に月の光が差し込む。
月光は小さな影にもそそぎ、貴石の輝きとともに、その姿をあらわにした。
ひらりと揺れる短いスカート。
さらりと流れる朱鷺色の髪。
「……さてっと」
ポケットに貴石をしまい込み、かわりに小さなケースをとりだした。
敷地をうごめく人影をいま一度見やる。
少女は、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「あでぃおぉぉす、あみーごぉ!」
きらめく蒼い粒がケースから躍り出る。
粒が少女の身体に弾けた瞬間、その身体に面妖な幾何学模様が浮かんだ。
瞬き、ひとつ。
すべては風とともに消えた。
1
門前仲町署は、トウキョウシティーの下町にある警察署である。
北は花街・向島から南はもんじゃ焼きで名を成す月島までをその管轄におさめ、ことに、200年前に流行った警察官の漫画の舞台となった亀有へいたる地下鉄有楽町線、そして、これまた国民的な人気となった映画の舞台の柴又を通る地下鉄半蔵門線のターミナル駅となっている錦糸町を含んでいることから、この署の長に任ぜられることは警察官僚組織の中でもエリートであることの証であ……ったはずだった。
そして、「証である」ということを過去形にしつつあった現在の署長の名は、アズマといった。
はげ上がった頭皮を輝かせながら、アズマは苦虫を潰した顔をして、署長室のドアを見つめていた。
「……失礼しまぁす」
お気楽な口調のあいさつと共にドアが開き、カーキ色のトレンチコートをだらしなく着くずしている男が入ってきた。
「ヤマサキ警部、ただいま参上しました」
どことなく締まらない顔を見せながらも、うやうやしく敬礼してみせる。
のほほん、という形容がぴったりくる雰囲気をかもしだしてた。
それをジロリとにらみつけながら相変わらずの表情でひとつ頷き、あずまは重厚な口調で言った。
「……言い訳があるなら、聞こうか、ヤマサキ警部」
「いえ、何も」
返ってきたのは、相変わらずの軽い口調だった。
ばあぁぁん! と、机の耐用年数を3年ほど減殺して、アズマが立ち上がった。
「ヤマサキ警部! きみのその階級章はアメ横あたりで買ってきた偽造品かね!」
ついっと、ヤマサキは視線を自分の階級章にうつす。
「……あ、バレちゃいました? やっぱディテールが甘いって思ってたんですけどね。いやぁ、署長もお目が……」
「バカもおぉん!!」
いきり立ってアズマが歩き出し、ヤマサキの首を両手で絞めた。
「いいか、今度の5件目は、警備にあたっていた者の目の前で逃げられたんだぞ! 賊の進入経路もつかめない、逃走経路もつかめない! これでは警察のメンツが丸つぶれだ!」
「ぐっ……しかし、実際、突然に現れて突然に消えたという証言がありますし……」
「そんなの言い訳に過ぎん! 大体、賊からの『予告状』を無視するように指示をだしたのは君だと聞いたぞ」
「わざわざ作戦を予告してくるバカの言うことを信用しないのが、ごく常識的な見解では」
しまった、とヤマサキは思った。
やべ、正論吐いちまった。俺の柄じゃねえ。
下町出身のヤマサキは、照れ隠しのために笑った……はずだった。
アズマの頭皮の血行がさらに良くなった。
「君は私に対して何か恨みでもあるのかね! 君の不手際のせいで、どれだけ本庁からの風当たりが強くなっているのか、君は知っているのかね!」
「いえ、まったく存じ上げておりません」
「貴様……貴様というヤツは……!」
アズマの手首の方向が変わる。
明らかに殺気のこもったそれだ。
ヤバい、とヤマサキは思った。
部下への暴行が本庁のお偉いさんに知れれば、このアズマ署長(おっさん)の首はとぶだろう。そうなれば清々するとぐらいにしか考えていなかったのだが、だが、もし仮に事態が絞殺にまで及んでしまったならば……。
この蛮行は、闇に葬られてしまうかも知れない。
「ちょ、チョーク、チョークはいってますって、しょ、署長……!」
……アズマの手がヤマサキの首から離れる。
電話の呼び出し音。
ごほっごほっとせき込むヤマサキに背を向け、アズマは受話器を取り上げた。別に部下の命乞いを受け入れたからではないようだった。
「私だ……ほぉ、そうか。さっそくお通ししろ。今すぐだ。ああ、お茶とお菓子も用意しておけ……」
アズマが嬉々として受話器を置く。
「……席を外しましょうか?」
来賓の電話、それもかなり”お偉いさんクラス”の高い人物と判断したヤマサキは、気を効かせてみた。
「いや、警部、ここにいてくれたまえ」
「……は?」
「君には会っておいてもらいたい人物がここに来る」
「なるほど……」
と、心にもないことを言って、ヤマサキはそれ以上の詮索をやめた。
……間もなく、署長室のドアがノックされた。
”失礼します”
ドアが開く。
黒いベレー帽を深くかぶった黒ずくめの少年がドアを開けて入ってくる。
スーツを着た少年はそのままドアを開けたままにする。
そして、その後ろから、今度は黒いベレー帽をかぶり、サングラスに黒いスーツを着た女が入ってきた。
彼女が完全に入室をすると、はかったように少年がドアを閉め、その後ろに立つ。
銀色の髪を揺らせながら、黒い革手袋をした左手で女はサングラスを外す。
「……連合宇宙軍少佐、ホシノルリです」
金色の瞳に涼しげな微笑を見せ、彼女はそう名乗った。