ccラピラピ/成瀬尚登
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ぎゅわわぁあん、という轟音が下町の狭い路地に響く。
ローラーブレードをはいた少女が、颯爽と障害物をかわす。
ガードレールを飛び越え、路上駐車のドアミラーをつかんで方向転換。
ドリフト気味に角を曲がって表通りへ。
トレードマークの薄桃色の長い髪と、紺色のフレアスカートをなびかせ、彼女は進む。
そして、勢いののった体勢から見事な荷重移動を見せ、盛大なスキット音と共に少女はとある店の前で停まった。
「天河食堂」という看板のかかった店。引き戸には”準備中”という札がかかっている。
セーラー風の白い制服を整えると、少女はがらっと戸を引いた。
「たっだいまぁぁ!」
そう元気良く言うと、今度はぴしゃっと戸を閉めて、にこっと笑った。
「……ラピ、そこから入っちゃダメだって言っているだろう」
苦虫を潰したような顔で、父……天河アキトはそう言った。
だが、それにおかまいなしに、ラピこと天河ラピスは、背負っていた赤いランドセルをカウンターに置き、空いているカウンターの椅子に腰掛けた。
「まぁまぁ、そう堅いこといわないでぇ……」
その時、視線を感じて、ラピスは視線の方向へ振り向いた。
店の奥のカウンターに、黒づくめの女と、さらにその奥に、これまた黒づくめの少年がいた。
「あっ、こんにちわ、ルリお姉さん♪」
「こんにちは」
視線の主は、涼しげな微笑みを見せた。
椅子を立ち、嬉しそうな顔で、ついっとルリの横に寄るラピス。
「今日はどうしたんですかぁ?」
「ちょっと近くに寄ったから、あいさつに来ました」
「なるほどぉ……で、そっちの人は?」
ラピスはのぞき込むようにして、ルリの隣に座る少年を見た。彼は先程からカウンターにひじをついたまま、そっぽを向いていた。
ルリもラピスの視線に気が付いて、彼を促した。
「私の部下で、ハーリーくんといいます。……ハーリーくん」
ルリがそう呼ぶと、少年は顔をルリへ向けた。
年の頃は16ぐらい。神経質そうな顔立ちをしている。
ルリと同じ、金色の瞳だ。
「……こちらが、ラピスちゃん。ここのお店の娘さんです」
「こんにちは、はじめまして、ハーリーさん」
「……こんにちは」
ややぎこちなく、少年はあいさつした。そして、それを言い終わると、バツの悪そうに、再びひじをついてそっぽを向いてしまった。
「ごめんなさい。ハーリーくんはちょっと口べたなんです」
「なるほどぉ……」
……それから世間話を少ししていると、ルリとハーリーの前に、それぞれラーメンとチャーハン、かた焼きそばが出された。
「おとうさん、私のはぁ?」
少しむくれた顔でラピスがアキトへ言う。
「ない」
その簡潔な返答に、ラピスは恨めしそうな顔をした。
「むぅうう……」
「……少し分けて上げますよ。天河さん、小皿とお椀をいただけませんか?」
ルリが優しい笑顔でそう言う。
ラピスは途端に明るい顔になってルリを見た。
「……甘やかしちゃダメだって、ルリちゃん」
だが、その父の言葉に、再びほおを膨らませて父を睨むラピス。
「でも、このくらいの年齢はとかくお腹がすくものですし、それに栄養も必要です……私もそうだったはずですよ」
くすっとルリは意味ありげに笑う。
途端にアキトは降参の表情をして、小皿とお椀をルリの前に差し出した。
そのやりとりを、ラピスは興味津々かつ小悪魔の笑みで見届けたのだった。
慣れた手つきで自分のラーメンとチャーハンを取り分けるルリ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます、ルリお姉ちゃん♪……いっただっっきまぁぁす」
ルリに感謝、大地の恵みに感謝して、ラピスは間食にありついた。
……ラピス、ルリ、ハーリーが食後のお茶を飲んでいると、急に店の奥から声がした。
「ただいまぁ、アキトぉ……」
その疲れ切った声と共に、スーツ姿の女が店の奥から現れた。
御統ユリカ、連合宇宙軍少将、33歳。ラピスの母である。父や娘と姓が違うのは夫婦別姓だからであって、これが天河アキトと御統ユリカとの結婚の条件の一つであった。御統姓を絶やしてはならないというのがそういう条件を出したユリカの父の意図するところなのであるが、ラピスが成年後1年以内に改姓しない限りはどうにもならないのも事実である。
ユリカは冴えない表情を引きずって、店に顔を見せた。
その時、その視線が、店内にいるルリを捉えた。
「あっ、ルリちゃん!」
突拍子もなくそう叫ぶと、サンダルを履いてカウンター内へ降り、ルリの目の前に駆け寄った。
唖然としている周囲の目を気にせず、ルリの両手をとり、じっと金色の瞳をみつめる。
「ごめんね、ごめんね。わけわかんない仕事、任せちゃって……」
「い、いえ。お気になさらずに」
ルリは平然を装って答えた。
「私は反対したんだよ。それなのに、それなのに、参謀長が……もうっ、ネルガルに関係してるっていうだけで、ルリちゃんにまかせるなんて!」
「ですから、いいんですよ、本当に」
「本当に?」
「はい」
「そっか……」
そこで、コホンと一つ、ラピスは咳払いをした。
「……あ、ラピスちゃん、お帰りなさい」
ようやくユリカは自分の娘の存在に気づいたようだった。
尊大な口調で答えるラピス。
「ただいま」
「……それでね、ルリちゃん。一応資料をもらってきたから、見てみて」
がくっと崩れ、そして、おもしろくないという顔をするラピス。
こうなると我関せずといった風に、アキトは材料の仕込みをはじめていた。
ユリカは店の奥へ消え、しばらくして、大きめの茶封筒を携えて戻ってきた。
おもむろにそれをルリへ手渡す。
ルリは書類を取り出す。
最初、はっとして、そして、優しくて切ない顔を見せた。
「……懐かしいですね」
「そうだね……」
カウンターに両ひじをついて、そういうルリを見つめるユリカ。
ルリは見終わった書類を、ハーリーへ手渡すと、次の書類へ目を移した。
そして、ラピスはルリの後ろへ回り込んで、その書類をのぞき込もうとした。
だが、それはすんでのところで、ユリカに遮られた。
「だめです!」
「どぉしてぇ?!」
「これは軍の機密です」
「いいじゃん、ケチぃ」
「ラピスちゃん! お母さまに向かって、そういう言葉を使ってはいけません!」
ユリカの顔が険しくなる。
ラピスは視線をルリへ移した。
「ルリお姉さぁん……」
「……ごめんなさい、機密ですから」
「……はぁい」
困惑した顔のルリを見て、ラピスは引き下がった。
☆
「♪ラピラピのお部屋♪」
という札の下がっている2階のラピスの部屋。
ランドセルを手に提げて、ラピスはドアを開ける。
中はパステル色を基調とした、ファンシーな部屋だった。机やベッド、テレビやゲームがあるという、小学4年生にしては贅沢な一人部屋だった。
「ただいまぁ……」
どさっとランドセルをベッドへ放り投げ、その身をもベッドに投げ出して、テレビの方を向いた。
テレビが付いている。
そのテレビにはゲームの画面が映っている。
そして、テレビの前には、ピンクの熊のぬいぐるみが、ゲームのコントローラを持って座っていた。
「……だたいまぁ、アイちゃぁん……」
すがるように、ぬいぐるみに声をかけるラピス。
「……おかえり、ラピラピ」
すると、ぬいぐるみはくるっと振り向いて、黒目がちの愛嬌のある顔をラピスに向けた。
[ccラピラピ 3へ続く]
回想録(08/10/2003記す)
いきなり「回想録」ですが、この作品はこの時点で未完ですので、あとがきはありません。
本作品は、1999年8月8日に欅さんが開催された「らぴらぴ夏祭り」に投稿された作品です。「なんでラピスの祭りが?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、当時、ナデSS界では、劇場版では(某女優の宣伝のために作られたため?)陰の薄かったラピス=ラズリを、作家独自の解釈で遊ぶというのが流行っていました。その影響もあって、ラピラピ勢力がかなり大きかったため、「ラピラピ夏祭り」はかなりの盛況ぶりでした。もっとも……その後の秋から冬にかけて、ナデSS作家のPCにトラブルが発生する事件が多発したため、「ラピラピの呪い」と呼ばれました。毀誉褒貶が激しいキャラですな。もっとも、欅さんは「黄泉津比良坂」シリーズで確固たるラピス作家としての地位を確立していましたから、主催には適任だったと思います。
背景の話しはこのくらいにして、この作品ですが、「cc〜」という名前からおわりのように、当時流行っていた「カードキャプターさくら」のパロディ?となっています。もっとも、こちらの「cc」はチューリップクリスタルですけど。このccは、「エスパー魔美」の仁丹と同じような理屈で、ccに触れさせたものをラピスの意志で瞬間移動させることができます。その他にも、色々なパロディがちりばめられていて、ノリノリで書いていた記憶があります。
設定としては、ラピス=盗賊、アキトとユリカ=ラピスの母、ルリ=軍所属特務機関のエージェント、「アマテラス」の人=警察を想定しています。じゃあ、最後に出てきたぬいぐるみは……? アイちゃんと呼ばれていることからおわかりのとおり、イネス博士です。彼女は実験中の事故により、肉体と意識が分裂してしまった結果、意識だけがぬいぐるみの中に入って生活をしているのです。ちなみに、ぬいぐるみのモデルはポストペットのモモです。
この後に想定されていた展開ですが、ある宝物をめぐって、ルリvsラピラピという対決になります。もちろん、アイちゃんことイネス博士の知恵を借りてですが。ラピスが美術館に盗みに入ると迷路になっていた。ccを使って宝物のある部屋に行こうとするが、実は美術館全体がルリの操作によってすべての配置を瞬時に変えることができるため、ラピスは宝物の在処に到達するどころか、迷ってしまう。万事休すかと思われたその時、何らかの事情で、ラピスから見て真っ直ぐ4ブロック先の部屋に宝物を発見する。駆け出すラピス。あわてて隔壁を閉めていくルリ。そして、最後の1枚の隔壁が閉まろうとしたその瞬間、ルリ「終わりです……!」ラピス「あでぃおす、あみーご……!」 間一髪、ラピスの放ったccが宝物に当たり、まんまと盗み出すことに成功するのだった……という展開だったはずです。すでに記憶が曖昧になっていますが。
当時は連載もありうるかというほど自分の中で盛り上がっていたのですが、これ以降、同人活動の方へ進んでしまったため、結局未完のままとなりました。ちょっと残念な気もしますけどね。