”ゆりかまにあ”的「劇場版機動戦艦ナデシコ the prince of darkness」レビュー


(あらすじ)

 ヒサゴプランにより建設されたコロニーが、正体不明の黒いマシンの攻撃により破壊される事件が連続して起こる。調査のためコロニー「アマテラス」にナデシコBで向かう艦長のホシノルリ。そこに、黒いマシンが現れアマテラスに攻撃を仕掛けてくる。だが、それと同時に「火星の後継者」を名乗るグループがアマテラスを占拠する。ルリは、黒いマシンのパイロットが、死んだはずのテンカワアキトであると直感する。そして黒いマシンが到達したアマテラスの中心部には、火星の極冠遺跡、そしてそれに融合させられたミスマルユリカがいた。「火星の後継者」は「アマテラス」を爆破し、そして火星をも占拠する。

 火星を奪回するよう、ホシノ=ルリは極秘に命令を受け、かつてのナデシコのクルーをさがす。そして、イネス博士の墓参りをしたとき、アキトがそこにいた。新婚旅行中の事故で死んだはずの彼とユリカは、実は「火星の後継者」に拉致されてしまったのだった。そして、そこで二人は実験のモルモットにされ、アキトはそのせいで味覚などの感覚を奪われてしまっていた。決戦を前に、ラーメンのレシピをルリに託すアキト。

 一方、「火星の後継者」は地球を制圧するため、ボソンジャンプで実戦部隊を地球に送り込んだ。その際、A級ジャンパーとしてのユリカの能力を利用していた。永遠に続く、アキトとの甘い夢を見させられながら。

 ルリはナデシコCと合流して火星に向かい、コンピュータをハッキングして「火星の後継者」を降伏させる。地球でも、元ナデシコ関係者の活躍でクーデターを阻止する。そして、アキトは自分やユリカを拉致した北辰を倒す。

 ユリカが救出される。だが、アキトは彼女に会うことなく、再び宇宙の彼方に消えてしまう。だが、ルリはきっと帰ってくると言うのだった。


 劇場版の宣伝のために傑作選がテレビで放映されていましたが、これを見てナデシコにはまり、そして行く気になった人も多いはず。私もその一人。

 さて、”ゆりかまにあ”としては劇場版でユリカがどうなっているのかが気になるところだったのですが、そのCMではその御姿を現さず。不安は募る。さらに、「君の知っている天河アキトは、死んだ」という台詞とニヤリという男の姿が。これは本当にあのアキトなのか。そして、漂うシリアスな雰囲気、それは果たして本物なのか……などと、テレビ版の雰囲気との連続で見る限り、「あやや?」と期待していいんだか悪いんだか解らないものでした。

 映画館は混んでいました。あたりまえですね、封切り日ですもの。小さいところだったので仕方ないのですが、立ち見で我慢。


 冒頭、ミスマル父が墓参り。続いてユリカとアキトの遺影。ここで予備知識がないと思われる人は驚いていた様子でした。ただ、キャストには名前があるのだから、きっとなんらかの方法で登場・活躍するだろうと、私は一応落ち着いてました。

 ルリの、観客への挨拶。正直言って、私はちょっとひきました。さて、ルリが結構ブイサインをしているのがとても気になるところでした。普通に解釈すれば、ここにルリのユリカへの思いがこめられている、つまり、ルリはルリなりにユリカを尊敬していることの表れであると言えるのですが……。しかし、どうしても、そんなに手放しで喜べない気がする。もはやブイサインはユリカのものではないよ、という悪意の解釈もできなくない。その時にうけた漠然とした「悪寒」は、さらに、OTIKAをAKITOと直感的に見抜くシーンや、アキトを思い出して頬を染めるシーンなどで強まっていきます。

 さて、ラピスによる第13区画のハッキングのパスワード……SNOW WHITE(白雪姫)。パンフにもここにこめられた意味が書いてありましたが、私は、この時点でユリカの境遇をほとんど理解してしまって、じわっと涙が出てきました。王子さまのキスで目覚めるお姫様。そう、「アキトはユリカの王子さま」なんです。つまり……次のシーンで、遺跡の「花」が咲き、その中から遺跡と融合させられたユリカ。

 なぜだろう、とても落ち着いていられた。リョーコが怒鳴っていても、北辰が何を言っていても、そんなものは頭に入らなかった。ただ、ユリカの姿がそのままダイレクトに脳にはいりこみ、それについての思考を拒否されたような、そんな感じで立ちすくんでいました。

 気がつくとルリが昔の仲間さがしをしていたところ。けれど、そんなものよりも、ユリカの先程の姿が一体なんなのかが気になって気になって、笑えるはずのところで少しも笑えない。

 その答えは、実に「わかりやすく」教えてもらいました。「火星の後継者」のヤマサキの落語です。ああ、そうですか。なんで人体実験しておいて、あんたそんなに明るいの?教えてくださいよ、本当に。これ、笑っていいんですか?たしかにくすぐりは入ってますよ。でも、笑っていいんですか?本当にいいんですか?ねえ、教えてくださいよ。どうにかなっちゃいますよ。だから笑えって言うんですか?

 ユリカの夢。少女漫画を下敷きにした、アキトとの学園生活。それがコマ送りのように流れ、水着のスチールのアップ。そしてまたコマ送りのように流れ、「アキトはどこに行きたいのー」

 利用されてはいる。けれども、私は、なんかとてもユリカが幸せそうに見えました。彼女が見たかった夢は、きっとこういうものだったに違いない。永遠に覚めない、アキトとの甘い夢。幸せなのか、今……?

 墓場のシーン。アキトとルリの対峙。

「なにがあったのか、私は知りません」「知らない方がいい」

 ここで私の背筋が凍った。ユリカも……? そうだ、ユリカは拉致されてからすぐアキトとの夢を見ているわけではないんだ。ユリカも、彼のように……モルモットに……。

 北辰との戦闘を挟んで、さらに続く。バイザーをとるアキト……その瞬間、私のみならず、劇場全体が息をのんだ。場の空気が凍り付く。

「奴らの実験で頭ん中かき回されてね……とくに味覚がね、ダメなんだよ。……もう君に、ラーメンを作ってあげることはできない」

 もしこの場にひとりでいたら、きっと私は号泣していたでしょう。その場はなんとか我慢しましたが、しかし……ふつふつと深刻な疑問が湧き、そして、ナデシコの傑作選を夢中でみていた自分のアイデンティティが崩れていく。一体、どういうことなんだろう。これは本当にナデシコなんだろうか?

 最後、アキトと北辰との戦闘シーン。押され気味のところで、ユリカの姿がアキトの脳裏によぎる。ユリカのために闘っているアキトの悲壮な姿、その姿に胸がかきむしられる思いがして、思わず叫びだしたくなるのをぐっとこらえる。ユリカへの思い、確かに感じ取ったぞ、テンカワアキト。

 そして、ラストシーン。なにかが飛び去っていく。それが何であるかを確認できないでいたところ、ユリカが目を覚ます。よかった、生きていた。生きてさえいればアキト……って、アキトはどこに? まさか……さっき飛び去ったやつ?

……
……
……嘘でしょう?

 アキトがユリカと会わないでどこかに行ってしまった……。なぜ? どうして会わない? という混乱をよそに、ルリの決め台詞と、スタッフロールへ。しかし、私の中では、いつまでも、なぜ?どうして?……の繰り返し。もうただ呆然として、人の波に追われる形で映画館を後にしました。


 これは本当にナデシコなんだろうか? テレビだけを見て劇場版を見た人は、かなり違和感を感じると思います。違和感という言葉が曖昧なら、だまされた、と言ってもいい。もちろん、見た目には正しく「ナデシコ」ではあるけれども、その根底に流れているものはまったく別です。シリアスではあるけどもどこかふざけている、そういうテレビ版の魅力を、劇場版ではただ表面的になぞっただけな気もします。

 テレビ版機動戦艦ナデシコのストーリーは、ユリカとアキトの二人のキスで終わりました。さらにその後、ゲキガンガーのOVAで二人が結婚することが判明し、そして「ナデシコで行こう!Vol.2」の箱には二人の結婚式のシーンと、そこまで見せておいた上での、この劇場版です。いったい、テレビ版でみせてくれたあの大団円は何だったのでしょうか? テレビ版でせっかく”綺麗な”終わり方をしたのに、そのすべてを破棄してまで映画を作る、その動機はなんだったのでしょうか、制作者に問うてみたい気がします。

 ともかくも、”ゆりかまにあ”的には得るものがなかった劇場版。ある意味、見に行かなかった方が幸せだったかも知れません。作画が美しかったのがせめてもの救いでしょう。”ゆりかまにあ”でなければ絶賛できたのに、残念です。


「劇場版」目次に戻る

indexにもどる