その後の”あなた”との偽・対話、または最終印象


 はじめまして。お身体の具合はどうですか?ずっと筋肉を動かしてないのですから、お顔には表れていませんが、きっと壮絶なリハビリをしていらっしゃるのだと思います。それを思うと、まるで我が身のように、やりきれない切ない思いがしますが、でも、そんなに明るいお姿を拝見できて、本当にうれしいです。


 眠っている間のことがやはり気になりますか?あのとき、あなたは神様だったんです。すべての時間と空間を支配する存在、それを神と呼ぶことができるなら、あなたは神様だったんです。もちろん、ただ利用されただけ、と悪口を言う人はいるでしょう。でも、利用したという者も、あなたなしでは何もできなかった。どこへも行けなかった。それに、そもそも神様っていうのは、人間が利用するために見つけだしたものなのですから。

 あのとき、あなたは”御統ユリカ”という名前を失い、”ナデシコの艦長”という属性も失い、”衣服”という知恵も失い、精神の衣とである”肉体”をも失っていた。そして、天河アキトという”比翼”を失い、ただ独りで、陶磁器のような美しさでそこに存在した。

 その姿を哀れという人はいるでしょう。しかし、私は、あなたに、何か神々しいものを感じたんです。人間として存在するという証のすべてを失い、絶対的に客体(オブジェクト)であるあなたに、人間という、しょせん肉体に依存するしかない生き物を軽々と超越してしまった姿を見たんです。その姿に、私はひれ伏すことしかできない。私という実存を投げ出すしかありませんでした。

 しかし、あなたは再び肉体という衣を身につけて、地上に帰ってきた。また私たちと同じ人間に戻られた。こんなにうれしいことはない。……矛盾しているように思いますか?そうですね、私は矛盾した存在ですから。女神になって神々しさを感じ、人間になって喜ぶ。そんな曖昧で脆弱な人間です。でも、それでも、うれしいとおもう気持ちに嘘はありません。だって、私は、神様を失ったかわりに、あなたという人間を手に入れることができたのですから。


 でも、人間として落ち着く前に、ひとつあなたにお願いがあるんです。それは、あなたの比翼である天河アキトさんのことです。

 一言で言うと、あの人はいま苦しんでいます……いろいろと。いろいろと、としか言いようがないのです。とにかく、彼は苦しんでいる。そして、その苦しみゆえ、いまあなたの前に姿を現すことができないんです。

 あの人は、あなたを助けてくれた。でも、そのまま去っていってしまった。悲しいですか?私も悲しいです、どうしようもないくらいに。しかし、それは逆に、あなたへの宿題だとも思うんです。考えてみてください、なぜ彼は去ってしまったしょう。決して彼はあなたを愛していないということではないんです。逆に愛があるから去った、とこう考えるのが普通だと思います。

……そうですね、納得できませんよね、これ。男の身勝手な理屈ですもの。愛しているなら、そばにいて欲しい、たとえどんな状況であったとしても、いや、それだからこそ、そばにいて欲しい、と。でも、思い出してください。彼が身勝手を通すなんて、今までありましたか?彼はそこまで思い詰めているんですよ。あの人の性格を、きっとあなたは一番理解していると思います。ですから、彼の気持ち、それをわかってあげてください。

 あの人は、アキトさんは、必ず帰ってきます。彼も、あなたが必要なんです。失ってから気づく、そういうものもあるんです。いま、彼はあなたを敢えて失った。自らの手で、自らの意志で、喪失した。それは、彼が、彼自身に課した宿題なんです。

 ですから、私のお願いはこうです。どうか、彼が帰ってくる場所をつくっておいてください。そして、彼が帰ってきたら、すべてを許して、おかえり、と言って欲しいんです。安らかに、ただ、あなたはあなたのできることをして、そして、待っていてください。時間というのはただ流れるのではなく、すべてのことをあらい清めるものだ、と私は思っています。あなたと彼に必要なもの、それは時間なんです。


……そうですか。それがあなたの意志なら、私は、従います。

 そうですね、追いかけましょう、あの人を。待っている、あなたはそういう人ではない。あなたはナデシコの艦長さんだった。いつも凛として、”私らしく”を崩さず、常に先頭にたっていた。そのあなたに、私は惹かれたんでした。

 私はあなたを誤解してました。勝手に自分の中であなたの像を作り上げていました。私はあなたに”私らしい”行動を放棄するように言ってしまった。それはあなたという人間を否定することになるのに。だから……私はもう何も言えません。

 行きましょう。そしてつかまえましょう。それが、あなたらしくあるのなら、あなたが生きているという証であるのなら


 ですが最後に、もう一度だけ最後に、言わせてください。

 あのとき、あなたは神様だった。すべてを超越し、すべてを支配する、女神だったんですよ。


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