第一章
9’
ナデシコbがコロニー『アマテラス』を離脱して22時間後……
ルリは独りでブリッジにいて、メインスクリーンを見つめていた。地球時間では現在深夜2時である。他のクルーたちには自室で睡眠もしくは仮眠をとらせている。
スクリーンでは、先のアマテラスでの戦闘の映像が映っていた。手許のIFS端子で、早送りをしたり、巻き戻したり、一時停止したり、と細部にわたって丹念に映像を見ていた。
すると、ブリッジのドアが開いた。振り向くと、そこにはバイザーをつけていないユリカが立っていた。
ユリカはルリを見て驚く。
「あ、艦長……どうしたの?」
「ルリでいいですよ、いまブリッジにはだれもいませんから」
ルリは微笑んでスクリーンに再び視線を転じた。ユリカは興味深げにルリの隣に立つ。
スクリーンでは、13番ゲートのの最深部での黒いマシンとリョーコ機との接触のシーンが映っていた。
「あ、これ見てたんだ」
「はい、色々と気になるところもありましたので」
「そっかぁ。うん、感心感心」
ユリカはにっこり微笑む。
ルリはユリカの顔をのぞき込んだ。
「それでお聞きしたいことがあります」
「なにかな?」
「このとき……どうして高杉さんに救援の指示を出すことができたのですか?」
えっと、とユリカが思い出すそぶりをする。ルリが続けた。
「このとき、敵にリョーコさんを攻撃する意志はないことが確認できました。ですから、高杉さんを救援に出す必要性は客観的にみてないと思いました。もし私でしたら、出撃命令がもっと遅くなってしまって、きっと取り返しのつかないことになっていたはずです。ですから……教えてください。どうして高杉さんに出撃するよう命令できたのですか?」
真摯な瞳をユリカに向ける。ややあって彼女は答えた。
「敵に攻撃の意志がないとしても、リョーコさんを守ってくれるかは疑問だよね。だから、いずれにせよ高杉さんを出撃させて数的に優位に立つべきだったの、わかるよね」
ルリが頷く。
「じゃあ、どの段階で出すかということだけど、高杉さんの安全を考えると、最終ゲートが開くまで待った方がいいよね」
「どうしてですか?」
「だって、その前に味方が2機になっちゃったら、敵さん、こっちの言うことを信じてくれるかな?」
あっ、とルリは声をあげる。
「……でもでも、やっぱり遅かったかな、タイミング。もうちょっと早く出してもよかったかも」
その時、再びブリッジのドアが開いた。二人が振り向くと、そこにはリョーコが立っていた。
「おっ、二人してこんな時間になにやってるんだ?」
「リョーコさん……」
ルリの表情が影を帯びる。それを見て、リョーコは笑顔で二人のところへ歩いてきた。
「いやぁ、ナデシコ来てから爆睡しちまってな、実はさっき起きたばっかなんだよ。もう、腹へってさあ」
頭をかき、照れながら言う。そして急に真剣な顔つきになる。
「あ、そうそう、ルリ、さっきはごめんな。助けてもらったくせに、態度わるくて……」
途端にぱぁっとルリの顔に光が射す。
「いいえ、大丈夫です」
「そかぁ?……ユリカも、ごめんな。なんか、俺……」
「いいんです。お気になさらずに」
ユリカも笑顔で答える。
すると、リョーコが両手で長方形を作って、その向こうのユリカとルリを覗いて言った。
「おっ、美人提督に美少女艦長のツーショットか。統合軍(うち)の連中が見たら、涙流してよころぶぜぇ」
そして、豪快に笑い出す。やがてそれに二人の声も重なって、ブリッジに響いていった。