第1章


 

 

 地球連合宇宙軍アオイ=ジュン中佐は、統合参謀本部の壁に左の拳をたたきつけた。

「あいつら……くそっ!」

 すると、その脇の椅子にすわっていたムネタケ参謀長がお茶をすすりながら咎めた。

「こらこら、アオイ中佐、いかんよ」

「何が事故調査委員会だ!ハナっからやる気がないんだ!」

 そしてぎりぎりと拳を壁にめり込ませ、つい今し方受けたばかりの屈辱をかみしめた。

   ☆

 コロニー「シラヒメ」事故調査委員会。その査問会に彼は立っていた。彼をとりかこむのは新地球連合の議員や官僚、そして連合宇宙軍と別系統の軍隊である統合軍の将官である。

 コロニー「シラヒメ」はヒサゴプランによって建造されたコロニーである。ボソンジャンプという事実上の瞬間移動、その実用化にめどをつけた人類は、宇宙空間にボソンジャンプのネットワークを張る計画をたてた。それがヒサゴプランである。

 ところが、その計画によって建造されたコロニーのうち、4つが「謎の爆発」を起こし消滅してしまった。だが、謎の爆発とは表向きの発表であり、実は黒い正体不明機が何らかの目的で破壊しているという噂が、まことしやかに流れていた。

 アオイ=ジュンは、戦艦アマリリスの艦長としてシラヒメの哨戒作業にあたっていた。とはいえ、先の大戦以後に設立された統合軍との関係がぎくしゃくしていることから思うように作業をすすめられないでいた。

 そこに「敵」の奇襲が入った。アマリリスは後方にいたために主に負傷者の救助活動など後援活動をしていたが、そのとき、オペレータの一人が叫んだ。

「ボース粒子、増大!」

 なにっとアオイは叫び、シートから身を乗り出しスクリーンを凝視する。

「センサー、切り替え」

 了解という声と共に、ボース粒子分布図から光学式スクリーンに変わる。

 そこに映し出されたもの、それは黒い人型兵器だった。

「えっ? な、何だ?」

 黒い正体不明機は、そのままアマリリスの前方を通過すると、シラヒメに向けて去っていった。

「ボソンジャンプ……あれは、一体……」

 ……彼は地球に向けて報告した。「8mクラスの人型兵器がボソンジャンプして出現し、シラヒメを攻撃した」と。だが、この報告が、事故調査委員会の査問の対象となった。平和を守る軍人ともあろうものが、人心を惑わす言動をするとは何事か、という理由からである。地球に帰還後、マスコミなど外部との接触をいっさい断たれた上で、彼は調査委員会に召喚された。

「私は見ました。確かにボソンジャンプです!」

 むろん、彼は自らにとっての真実を述べた。だが、それは委員会にとって好ましい”真実”ではなかった。

「コロニー爆発の影響で、センサー等の乱れが著しいという報告もあるが、中佐」

「誤認だというんですか!?」

 信用されない苛立ちがつい口調に表れてしまう。

「考えてみたまえ。第一、ボソンジャンプの可能な全高8mのマシンなど、現在の技術ではだれも造れんのだ」

 ……「事実誤認による誤報」これがアオイ中佐の報告に対する査問の結果として公式に記録されたのである。

   ☆

 ムネタケがさらにお茶をすすり、言った。

「かくして、事件は事故調査委員会と統合軍の合同捜査とあいなり、連合宇宙軍はかやの外、と」

「参謀長!」

 そのあまりに悠然とした物言いに、アオイジュンが苛立ちの矛先を上司に向けた。ムネタケは大声で笑ってそれをいなした。

「……まぁ、黙ってみてる手はないからね。だから早速行ってもらったよ」

 きょとんとしたアオイに、ムネタケが向き直った。

「ナデシコにね」


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