第一章
3
「地球連合宇宙軍准将、天河ユリカです」
「同じく、連合宇宙軍少佐、ホシノ=ルリです」
新地球連合統合軍・コロニー「アマテラス」駐留分艦隊の軍司令官室で、ユリカとルリは抑揚のない口調で言った。言ったというよりも言い放ったというほうが近い。
二人の目の前にいる禿頭の司令官・アズマ准将は、顔はおろか頭皮まで真っ赤にした。
「そ、そんなことを聞いているのではない!」
目の前に勇み出て、かっとユリカをにらみつける。
それに対し、ユリカはバイザーからのぞく口許に笑みを浮かべて答えた。
「ですが、何だ貴様らは、とおっしゃるものですから」
「そうじゃない!なぜ貴様らがここにいる!」
「ちゃんと面会の手続きはとりましたが」
からかうような言いように、アズマは頭皮の至る所に青筋をたて、いまにも爆発寸前の形相を見せた。
その時、ユリカは手の甲に何かが触れた。ルリの手である。
ルリは落ち着いた口調でアズマに言った。
「連合宇宙軍が地球連合所有のコロニーに立ち入ることには、何ら問題はないと思いますが」
すると今度はアズマの矛先がルリに向かう。
「ここはヒサゴプランの中枢だ!開発公団の許可は取ったのか!」
別段、ルリはひるむことなく答えた。
「先日の『シラヒメ』の事件において、ボソン粒子の異常増大が確認されています」
「誤報だ!」
「事実です。ボソンジャンプシステムの管理に問題がある場合、近辺の航路並びにコロニー群への重大な影響を及ぼします。したがって、この場合には安全を害する明白なおそれありと認められ、コロニー管理法付則第4条bの緊急査察条項の適用があります」
「……まあ、ガス漏れ検査だと思っていただければ」
ユリカがバイザーを外し、そしてその下に隠れていた大きな瞳を向け、笑った。
それは、ルリに敗北感を味わわされてたアズマの屈辱感をさらに煽るかたちとなった。
「くっ……ヒサゴプランに欠陥は無い!」
すると、それまで壁際で直立浮動していたアズマの副官が前に歩み出て、完全にキレかかっている上司に助け船を出した。
「まあまあ、アズマ准将。宇宙の平和を守るのが私たち共通の使命というもの」
ユリカとルリを一瞥する。
「ここは、使命感に燃えるお二人に安心していただくことにしましょう」
その言葉に一応の納得を見せながらも、アズマは、おもしろくないといったそぶりで司令官席に戻り、そっぽを向いた。
ユリカはルリを見てウィンクした。ルリも口許に笑みをこぼす。
そして前に向き直ると、副官がユリカの顔をまじまじと眺めていた。
「あの、なにか?」
「……いえ、もしかして、ミスマルユリカさんでいらっしゃいますか?」
ユリカは表情から笑みを消した。
「ミスマルは旧姓です。いまは天河です」
すると、副官は心底すまなそうな顔をした。
「いや、失礼しました。お気に障られたなら謝罪します。申し訳ありませんでした」
彼のその表情と言葉に、さすがにユリカも表情を和ませた。
「木星との戦いで初代ナデシコを指揮なされた英雄とこんなところでお会いできるとは、まことに光栄です。申し遅れましたが、私はヤマサキと申します」
「……それはどうも」
「またお会いできるといいですな」
そう言って、ヤマサキは手をさしのべてきた。それを受けようかと躊躇していると、ルリが声をかけてきた。
「提督、査察の準備があります。行きましょう」
「わかりました……では、またお会いしましょう」
ユリカはバイザーを装着してきびすをかえし、ルリと共に司令官室を辞した。
「……なにが、またお会いしましょうだ!二度と会いたくないわ!」
アズマが怒鳴る。だが、ヤマサキは二人の出ていったドアを眺めながら、人知れず不遜な笑みを浮かべた。
「きっとお会いできますよ……きっと、ね」