第一章
7
ナデシコbのメインスクリーンには、13番ゲートに正体不明機が侵入する映像が映し出されていた。
「よしっ」
それを凝視していたユリカが思わず声を出す。
「ハーリーくん、ゲート内に画面切り替えて」
「だめです」
ハーリーは無碍に言い切った。
「どうして?ハッキング不能?」
「いいえ」
「じゃあ、どうして……」
「カメラがないんですよぉ」
「へ?」
ユリカは思わず隣のルリを見る。
「非公式のゲートなので、監視カメラをつけていないようですね」
モニターを検索しながらルリは応えた。ユリカがため息をつく。
その時、メインスクリーンに昴リョーコのエステバリスが映った。そのまま13番ゲート内に正体不明機を追っていく。
それを見て、とっさにルリがIFS端子を操作し、リョーコ機との通信回線を開いた。
「おひさしぶりです、リョーコさん」
「おおっと、ルリか!2年ぶり。元気そうだな!」
突然の通信に軽い驚きを見せながらリョーコが応えた。
あ、そっか、とユリカは声を出して納得し、ルリのコミュニケ画面に割ってはいる。
「リョーコさんっ」
「ユリカ!」
「相変わらず、さすがですね」
「まぁ追いかけっこにゃ、一回しか負けたことがねえからな」
リョーコが照れ隠ししながら軽口を叩く。が、その顔がすぐにこわばる。
「……って、おまえら、なんで通信回線ひらけんだよ!他人んちのシステム、ハッキングしてるなぁっ」
「敵もやってますし、非常時ですから」
ルリが平然と答える。
「ちなみにですね、張本人は、このハーリーくんですから、お間違いなく」
ユリカがコミュニケの画面をハーリーに切り替える。
「提督!ひどい……」
ハーリーがあわてふためき、そしてユリカに恨めしそうな顔を向ける。リョーコは豪快に笑った。
「ちょっと待ってな。あいつ掴まえてからゆっくり話をしようぜ」
「案内します。この先にはトラップがないようですね」
そう言うとルリは13番ゲート内の構造図をリョーコのエステバリスに転送した。
途端にリョーコが不審な表情になる。
「なんだ、ここ……こんな区画、知らねえぞ」
「はい、非公式のエリアですから」
ルリは平然と答えた。
「ったく。他人の秘密、どこまで調べたんだか。”電子の妖精”とは、よく言ったもんだ」
皮肉混じりでリョーコは笑った。そして前に向き直る。
「……で、あいつ、どこに向かってやがんだ……」
すると、ユリカが再びコミュニケの画面に入ってきて、気軽な口調で言った。
「ここは、てっとり早く、ご本人に聞いてみるというのはどうでしょう」
「ユリカ……おまえ変わってねえな、やっぱり」
リョーコが呆れた口調で言う。
「そうですか?」
ユリカはバイザーの下の口許に笑みをこぼす。
「案外、有効な方法かもしれませんよ」
☆
黒いマシンが、13番ゲート最深部のゲート前で停止する。その直後を追跡してきたリョーコ機がそれに迫る。それに気づいた黒いマシンは反転し、リョーコに向けてハンドカノンを2発撃った。だが、リョーコはその間隙を見切ってすり抜け、通信ケーブルを相手のコックピット付近に射出し、そして機体を黒いマシンの懐に潜り込ませた。
「ふう、危ねえ、危ねえ」
リョーコは安堵の息をつく。
「こっちに攻撃の意志はないんだ。そのまま動かないでくれよ」
そしてモニターの左端を見やり、黒いマシンと通信がつながっていることを確認する。
「OK、ルリ、いいぞ」
それを合図に、ルリがIFS端子を撫で、コミュニケ画面を相手に送った。
「こんにちわ。わたしは連合宇宙軍少佐・ナデシコb艦長のホシノルリです」
少し間をおいて、相手の出方を待つ。
ユリカはその間にハーリーのブースにつき、小声で”敵”データ解析を指示する。
「あの、いきなりですいません。教えてください……あなたは、誰ですか?」
しばらくの静寂が艦橋をつつむ。
表情こそ変わらないものの、ルリの目許に落胆の色がかすかに浮かんだ。
その時、黒いマシンの手許から数本のマニュピュレータが射出され、ゲートのコンソール上に張り付く。ユリカはそれに気づいた。
「ハーリーくん、”敵”によるパスワード解析をできるだけ遅らせて」
そして振り向いて高杉に指示する。
「エステバリスを発進させてリョーコさんのサポート、お願いします」
イエッサーと、高杉はすっくと立ち上がってブースを飛び越え、格納庫へと走っていった。
依然、”敵”からの返事はない。
ユリカはルリの横に戻った。
「音なし、だね……」
「すいません」
「ううん、だいじょうぶ。データすこし取れたし、通信はずっとつながったままだから」
二人はスクリーンに視線を移した。
それはまさにゲートがすうっと開く瞬間だった。
☆
ゲートの向こうは細い通路であった。そして向こうに見える”出口”が金色に光っている。その方向に2機のマシンが向かっている。
ルリは淡々と、ユリカは目を輝かせてスクリーンを見つめていた。
やがて、金色の光に黒いマシンが包み込まれ、消える。そのすぐ後に、リョーコのエステバリスもそれに続く。
そこは、巨大な空間だった。そして、幾何学的な文様が幾重にも描かれた、花のつぼみにも似た物体が、その空間の下部を埋めていた。
リョーコが思わず機体を止め、目を見張る。
「なんだよ、こりゃ……?」
「遺跡、ですね」
ユリカはバイザーを外し、つとめて冷静な表情で言った。
「遺跡? 遺跡って、たしかお前らがふっとばしたやつだろ?」
遺跡……火星極冠に捨て置かれたボソンジャンプの演算ユニット。地球文明では解明できないオーバーテクノロジーの産物であり、この独占をめぐって、先の大戦は続行されたのだった。だが、3年間、確かにユリカとアキト、そしてイネス博士が、これをどことも知れない場所にとばしてしまったはずであるが。
「形は変わっていても、あのときの遺跡です」
「なんでこんなところにあるんだよ」
「たぶん、これがヒサゴプランの正体です……」
ルリが指示を出す。
「ハーリーくん、遺跡に対してデータ解析」
了解と応え、ウィンドウボールに彼の身体がつつまれる。しかし、その直後、それは消失した。ハーリーは悔しそうに叫ぶ。
「くっ、ジャミング……!」
ナデシコbのメインスクリーンにノイズが走り、次の瞬間、アマテラスの司令室が写しだされた。そして、そこには記憶も新たな人物がいた。
「……”火星の後継者”である。占拠早々申し訳ないが、我々はこのコロニーを爆破、破棄する。敵味方……」
それは、アズマ准将との会見の場にいた副官、ヤマサキであった。
その画像は一瞬にして消え、またふたたび遺跡のある広場を映し出した。
ブリッジを沈黙がつつむ。だがそれを破って、ルリはユリカに問うた。
「……クーデター、ですね」
ユリカはうなずき、思案顔になった。
「……つまり、ヒサゴプランというのは、”火星の後継者”の隠れ蓑だった」
「そうです……」
「でも、そうなると、なんでこのコロニーを爆破する必要があるんだろう……だって、それじゃ遺跡まで壊れちゃうよ」
ユリカがルリに視線を合わせる。
「秘密保持のためでしょう」
「秘密……秘密って、なに?」
その追及にルリは顔をしかめた。ユリカから視線を逸らそうとするが、彼女は真摯なまなざしで自分を追い込んできた。
ルリは、負けた。
「……実験をしていたんですよ」
「実験?」
「そうです……遺跡に対するイメージをより正確に伝達するための……A級ジャンパーに対する……人体……実験」
痛々しい表情をし、ためらいがちにルリはそう言い終わると、耐えきれずに視線をユリカからずらした。
ユリカは思い詰めた表情でつぶやく。
「人体実験……」
”実験体”
不意に、先ほど自分を襲ってきた賊のセリフが頭を駆けめぐる。
ユリカは肩を震わせ、拳をぎゅっと握り締めた。
ややあって、顔をきっと上げる。
「どちらにしろ、コロニーが破壊されるのであれば、撤収しましょう、艦長」
「了解です。……リョーコさん、聞こえますか?撤収してください」
そのルリの物言いに、リョーコはさすがに問い返した。
「おいおい、あいつはどうするんだよ」
リョーコの言った”あいつ”……黒いマシンは、すでに遺跡の中央部に迫っていた。
「通信回線はつながっていますから、聞こえているはずです。さあ、早く」
ルリのうながす声に、リョーコは決心して機体を反転しようとした、その時……。
……突然、遺跡の真上に、また別の正体不明なマシンがボソンアウトして出現した。
ん!とリョーコは声にならない驚きの声をあげ、目を見張る。
すると、その脇を固めるように、さらに6台のマシンが次々と出現した。
遺跡を護るかのようにそれを取り囲み、黒いマシンとリョーコのエステバリスに対峙する。
「ハーリーくん、データ解析!」
ルリが突然の出来事に思わず大声で指示を出す。一方で、ユリカはつとめて冷静にスクリーン向こうの成り行きをみまもった。
「音声、つなぎます!」
そのハーリーの声の直後、新たな”敵”の、低く重苦しい声にブリッジは満たされた。
『……死ぬか? 不憫な女の見ている前で』
その声にユリカは目を見開く。聞き覚えのあるそれは、確かに彼女を襲った”賊”の声だった。
「リョーコさん、逃げて!」
ルリが、動揺しているユリカに代わって叫ぶ。唖然として事態の推移を眺めていたリョーコは、その声に我を取り戻して機体を反転させた。
だが、それを合図にしてか、7機のマシンがその場から飛び立ち、黒いマシンとリョーコのマシンに襲いかかってきた。
リョーコのモニターの視界に3機の敵機が入る。それを迎撃しようとラピッドライフルの照準を合わせようとするが、それを見透かす形で瞬時に散開し、半包囲体勢を形勢しようとする。
「くっ……」
思わずリョーコは声を漏らす。ルリが艦長席から身を乗り出す。
そしてその瞬間、黒い正体不明機からパイロットの声が入った。
『リョーコちゃん、右!』
……カランという音が、ナデシコbのブリッジに響いた。