序章
ただ壊すために……。
彼はここにいる。
「……データ、解析」
敵駆逐艦ランタナを撃破。防衛ライン、レベル3を突破する。
第二波、来る。
左右から敵機動中隊が挟撃を企てる。
それを撫でるように迎撃。無数の花火が闇に煌めく。
続いて鈍重な動きの敵艦隊の中央をつらぬく。
エネルギーのマトリックス。おそらく何が起きたかわからないままに奴らは消えていくのだろう。
そして……レべル4、到達。
光の厚化粧をほどこした巨大な建造物へ、身を躍らせる。
夢という名の絶望と、希望という名の別離を与えた者に対する……それは復讐。
その時、センサーがあたらな敵を感知した。
「来たか……」
ボーソ粒子反応、続いて赤い機影が浮かび上がる。
「……撤収する」
その黒い影が緑に輝き、光の残像を残して星の海へ消えていった。
ただ壊すために、彼はここにいる。
☆
ただ守るために……。
少女はここにいる。
広大な墓場に、銀色の髪の少女が一人。
雨上がりで濡れた墓石を、白いハンカチで丹念に拭う。
白いハンカチがホコリと泥で黒ずんでいく。それでも少女は慈しむようにそれを続けた。
やがて黒くなったハンカチをためらいもなく服のポケットにしまう。
墓石の前にしゃがみこみ、その金色の瞳に熱っぽい光を浮かべて、その前の遺影にむかって語りはじめる。
「アキトさん……」
……少女は立ち上がった。
「……私は、あなたのことを、憶えていますから」
少女は足を踏み出す。
数歩踏み出し、後ろ髪引かれるように振り返る。
そして、少女は微笑んだ。
「また、近いうちにお会いしましょう……」
ただ守るために、少女はそこにいる。
☆
ただ時が過ぎゆくままに……。
彼女はここにいる。
「ああっ、もう、髪の毛が決まらないよぉ……!」
鏡の前で彼女は悪態をつく。
だが、その言葉とは裏腹に、嬉しさに笑みがこぼれて仕方がない。
「……ルリちゃんの船でね、アマテラスっていうコロニーに行くんだぁ」
鏡台にのっている、蒼い光を放つペンダントを首にかける。
「……心配しないで大丈夫だよ。なんたって、ルリちゃんが艦長だもん」
もう一度、鏡の前に向かい、髪と軍服のケープを整える。
「久しぶりだから、ちょっと緊張しちゃうな……」
スーツケースを携え、玄関口へ向かう。
そして、もう一度振り返り、誰もいない部屋に向かって笑いかけた。
「……行って来るよ、アキト」
彼女はバイザーを装着して表情を消し、その部屋を後にした。
ただ時が過ぎゆくままに、彼女はここにいる。
☆
コロニー「シラヒメ」爆破事件の翌日、連合宇宙軍は第4艦隊所属ナデシコbをターミナルコロニー「アマテラス」へ派遣することを決定した。これを受けて、ナデシコb艦長ホシノルリ少佐の提案が参謀長ムネタケ中将によって了承され、テンカワユリカ准将が提督としてナデシコbに乗艦することとなった。
それは彼女にとって、およそ2年ぶりとなる星の海の航海であった。