[ index ] - [ 第1章 1 ]

第1章


 

1

 

 おだやかな風景だった。

 どこまでも続く一面の花畑。

 やわらかな陽射しがそそぎ、そよ風が吹き抜ける。

 花が風に揺れる。

 小川のせせらぎが微かに聞こえる。

 そして、花園の真ん中に、その姿はあった。

 安らかな寝息をたて、かぎりなく無防備な姿で、そこにいた。

 うぅん……と声をたて、寝返りを打つ。

 また、さわさわと風がそよいだ。

 頬を撫でる風に、ふふっと寝顔に笑みを浮かべる。

 すると、突然、声がした。

「……提督、テンカワ提督」

 んっ……と声を上げ、目を覚ます。

 コミュニケの画面が目の前に開き、そこにはよく知っている少女の姿が映っていた。

「あ……おはよう、艦長」

 呑気にあいさつをする。

 艦長と呼ばれた少女はコミュニケの向こうで苦笑した。

「まもなくターミナルコロニー『タキリ』に到着しますので、ブリッジへお願いします」

「あ、もうそんな時間なんだ。ごめん、急いで行くよ」

 身体を起こし、大きく伸びをする。

「……よく、眠れましたか?」

 少女が表情をやわらげて尋ねてくる。

 それに対し、いたずらっぽい表情を見せた。

「眠れたけど……あんまり熟睡できなかったな」

「そうですか」

 コミュニケの向こうの少女は微笑み、お待ちしていますという言葉を残してコミュニケを切った。

 また、花園に風がわたる。

 すっと立ち上がって、まわりの風景を見回し、もう一度伸びをする。

 次の瞬間、そのすべての風景が消失し、金属に覆われた無機質な空間に変貌した。

 ドアの前へ立ち、自分の姿をわずかに映し出すそれを鏡に見立て、髪と服の乱れを整える。

 それが済むと、ケープの下に手をやり、胸のポケットからバイザーを取り出した。

「……やっぱり、夢、見れないんだね……」

 そうつぶやきながらバイザーを装着し、テンカワユリカは展望室を後にした。

 

  ☆

 

 艦橋は既にあわただしい動きを見せていた。

「タギリ」の外壁、そして、先の大戦で連合宇宙軍を苦しめた”チューリップ”と呼ばれるワームホールが口を開けているのが、艦橋前方の巨大なメインスクリーンに映しだされている。

「おはようございます、みなさん」

 ユリカはスクリーンの前へ歩み寄ると、おもむろに振り返って天井付近を見上げた。

「……あっ、そっちか」

 すると、その声に気づいてか、階上に位置するブースの中から、先程の少女が顔をのぞかせた。

 金色の瞳、愁いを帯びた冷めた貌。

「提督……また間違えたんですか?」

 冷淡にして容赦のないその言葉に、ユリカは口許に笑みを浮かべた。

「どうしてもまだ慣れなくてね。ごめんごめん」

 階上の少女……ホシノルリは微かに苦笑いを見せた。

 艦橋は2層構造で、艦長であるルリをはじめとする主要なクルーは、2階と表現すべき階上のフロアに設置されたブースで指揮をとる。ブースの中にあるシートは可動式になっており、アームの動きでシートが動き、艦橋を見渡すことができる。

 だが、ブースは3つ。提督用のブースは用意されていない。本来は試験艦であるこの艦が本格的に戦闘参加することは想定されておらず、そのため戦闘を指揮する提督の席も不要と判断されてのことだった。したがって、提督として着任したユリカの居場所が当初問題となった。結局、空いているブースに座る・ブースの仕切に腰掛ける・立っている等、通常は臨機応変(いきあたりばったり)に、作戦行動中はルリのブースを間借りするということに落ち着いた。いわく「私はただのお飾りだから」と。

「そちらへ行きます……」

 ブースの前面が開き、アームのついたルリのシートが前に伸びる。伸びきると、それはゆっくりと高度を下げ、ユリカのすぐ横でとまった。

 ありがとう、とルリに声をかけ、ユリカはシートの脇についている足場の上に立った。

 シートが上昇し、ふたたび元のブースに戻る。

 そのままユリカはルリのブースに腰掛けた。

 視線が、その右後方の少年と合う。

「おはよう、ハーリーくん」

「お、おはようございます」

 髪をオールバックにしたその少年は、やや緊張気味にあいさつし、言葉を言い終わるとすぐにコンソールへ視線を戻した。

 ユリカはくすっと笑う。

「……おはようございます、提督」

 すると今度はルリの右後方のブースに座る青年が声をかけてきた。

 振り向き、ユリカはバイザーからのぞく口許に笑みを浮かべた。

「おはようございます、高杉さん……相変わらず、もてますね」

 視線は高杉のコンソールに浮かぶ立体映像へ行っている。高杉はあわてて留守電の再生を切った。

「いや、提督ほどではないですよ」

「私、もう結婚してますよ」

「……まあ、それは言葉のアヤってもんでして」

 赤と金色に染められた長髪を揺らしながら、高杉は愛想笑いで応じた。

「……『タキリ』への進入角度、設定しました」

 ハーリーが毅然とした声で報告する。

 その声にユリカは前方に向き直り、スクリーンへ視線を向けたまま言った。

「すべて艦長にお任せします」

 

  ☆

 

……クルーに対し指示を続けるルリの声を聞きながら、ユリカはチューリップをみつめていた。

 そしてバイザーを直そうとした時、不意に声がした。

「提督、あの……」

「なに、ハーリーくん」

 振り返ってハーリーのブースに向く。

 ハーリーは困惑した顔をみせていた。

「地球のアオイ中佐から通信が入ってますが……」

 えっ、とユリカは声を出して驚き、ルリを見る。

 ルリは無言でうなずいた。

「オーケー、ハーリーくん、スクリーンに出して」

 ややあって、メインスクリーンにやや髪の長い青年士官の姿が映し出された。

 背景から判断すると、連合宇宙軍本部ビルらしい。

「ユリ……い、いや、テンカワ准将」

「やあ、ジュンくん、久しぶり」

 ユリカはバイザーを外し、その下の笑顔をのぞかせて応えた。

「ナデシコに乗ってるって聞いて、驚いたよ」

ノイズが多く混入する画像と、返答の遅さは、地球との距離を感じさせた。

「そっか、ジュンくん、知らなかったっけ」

「……提督、あと1分で通信切れますよ」

 ルリが事務的に報告する。視線をそのままに、ユリカは数回うなずいた。

 画面の向こうが顔を強ばらせた。

「それで准将に知っておいてもらいたいことがある。これから向かう『アマテラス』だけど、もしかしたら攻撃を受けるかもしれない……」

 ユリカはふふっと笑った。

「ボソンジャンプする黒い正体不明機、でしょ」

「えっ、知ってたの……?」

 画面の向こうは、意外そうに驚いた顔をした。

 ユリカは凛とした笑顔を向ける。

「ジュンくんは最高のおともだちだもん、ユリカは信じるよ。大丈夫、気をつけるよ」

「……ディストーションフィールド、出力最大! 通信回線閉鎖!」

 高杉の通る声が艦橋に響く。

「あ、ごめん、ジュンくん。もう通信きれちゃうから、また地球でね」

「えっ、まだ言ってないことがあ……」

 音声が雑音にかわり、画像が流れだし、そして消えた。

 ユリカはバイザーをかけ直し、高杉をちょっと見やると、やや表情を固くして、再びスクリーンに視線を移した。

「艦内警戒態勢パターンBに移行。艦内の最終チェック、高杉さん、お願いします」

 冷静な口調でルリが指示を出す。

「ディストーションフィールド、出力安定、異常なし。艦内圧力も異常なし。そのほか、すべて まとめてオールクリア!」

 その声と共に、艦橋が「OK」の画面で埋め尽くされる。

「ルート確定、『タキリ』、『サヨツ』、『タギツ』を経由して『アマテラス』へ」

 微速前進を開始し、チューリップ内のジャンプフィールドに包まれる。

 極彩色が埋め尽くす画面。

「光学障壁、張りました。フェルミオン粒子、充填完了。レベル上げます。4,5……」

ハーリーがカウントをはじめる。

「7、8、9……」

「……ジャンプ」

 

  ☆

 

 光学障壁が解かれ、メインスクリーンにふたたび宇宙空間が映し出される。

 一枚のコミュニケの画面が開く。コロニー「アマテラス」の宙域管制コンピュータからの通信が、擬人化した姿で入った。

”ようこそ、コロニー『アマテラス』へ”

「連合宇宙軍第4艦隊所属試験艦NS955Bナデシコb艦長、ホシノルリ少佐です。入港許可、願います」

 ルリの言葉にコミュニケが【作業中】に切り替わり、ややあって再び擬人化されたコンピュータが現れた。

”NS955Bの入港は許可されました。航行システムを接続してください”

「了解……」

 通信が切れる。

 ふう、とルリがため息をついた。と同時に、艦橋を覆っていた緊張の空気が霧散する。

「おつかれさま、艦長」

 ユリカがまぶしいまなざしをルリに向ける。

 ルリは微笑を返す。

 だがその時、またも困惑した顔をみせながら、ハーリーがルリに報告してきた。

「……艦長、通信が入っています」

「誰からです?」

 微笑みを消し、ルリが問う。

「『アマテラス』駐留軍司令官、統合軍のアズマ准将からです」

「ラブレターかい」

「高杉さん!」

 気楽な口調で割りこんできた高杉をハーリーがとがめる。

 ユリカはふふっと笑った。

 ルリが落ち着いた口調で確認する。

「どんな内容なんですか?」

「はい、ナデシコbの責任者は、今から1時間以内に駐留軍司令官室に出頭せよとのことです」

「提督もか。欲張りなヤツ」

「高杉さん!!」

 噛みつかんばかりにブースから乗り出してハーリーがとがめる。

「行くしかないようですね、提督」

 そのやりとりを無視して、ルリがユリカに尋ねた。

「うん、こちらの対応が早すぎるし。怪しむなっていう方が、無理な話だよ」

「……まあ、歓迎されざる賓客ってところですからね、我々は」

 やや表情を固くして高杉がユリカを見上げた。

 ユリカはおもむろにバイザーを外すと、その下の大きな瞳をのぞかせてそれに応えた。