第1章
6
「えー、みなさん。私が本艦の提督をつとめます連合宇宙軍准将テンカワユリカです。ただいまコロニー『アマテラス』は戦闘中のため、管制コントルールは本艦に対する出港の許可を出しておりません。したがいまして、本艦は港湾部から離脱した後、戦闘宙域を避けて待機、状況をみて『アマテラス』を離脱します。これは宇宙航空法に定められた非常時における適切な措置であり、法律的にはなんら問題ありません。みなさんは本艦の中にいる限り絶対に安全ですので、どうかリラックスしてお過ごしください。なお、多少揺れることがあるかもしれませんので、あらかじめご承知ください。なお、身元の照会をまだ済ませていらっしゃらない方は、速やかにお近くのコンソールで手続きをお願いします。Ladies and gentlemen, this is Commodore Yurica Tenkawa......」
コロニー「アマテラス」に非常事態宣言が出されてからすで15分経過。微弱で断続的な攻撃が『アマテラス』に続いていた。
港湾部に滞留していたナデシコbも当然に艦内体勢を戦闘パターンに切り替えているが、さらに、艦内の軍事ブロックと居住区ブロックとを隔壁で閉鎖していた。
「......Thank you. っと、これでよし」
アマテラスからの避難民を居住区ブロックに受けいれたナデシコbは、港湾部を離脱した。
その避難民に対し、コミュニケを通じて説明していたユリカは、凛とした笑顔を見せたまま、コミュニケを切った。
バイザーを装着し、ブースでコンソールに向かっているハーリーに対して確認をとる。
「民間人はこれで全部?」
「いえ、C2ブロックにまだ少し残っています」
「まだいるの?」
ユリカは思わず声を荒立てる。
その勢いにハーリーは萎縮して応えた。
「はい、受け入れる予定だった補給船の整備が遅れているようです」
はぁ、とユリカは一つため息をつく。
「……艦長、そちらはどうですか?」
すると、ブースでウィンドウボールを形成していたルリのそれが消えた。
「アマテラスのコンピュータと思兼との接続、完了です。敵の動きをご覧になれますが、どうされますか?」
途端に、ユリカの瞳が輝いた。
「うん、見る見るっ」
ルリはくすっと笑い、手許のIFS端子を撫でた。
メインスクリーン全体に、敵味方双方の勢力図が映し出された。
コロニーの隔壁の外側に砲戦フレームのエステバリスが配備され、統合軍陸戦部隊ライオンズシックルが出撃しているのが示される。リョーコのマシンが格別に赤色なのはルリの配慮だろう。
そして、敵。
監視衛星軌道上に、母艦とおぼしき小型の戦艦。
「アマテラス」へ接近中の正体不明機。
それは既に警戒ラインのレベル2までを突破していた。つまり、制空権は既に敵の手中にあるということを意味する。
もっとも……ボソンジャンプ可能なマシンでは、何の意味ももたないが。
無意識のうちに口許に手をやり、ユリカはスクリーンを凝視する。
不意に高杉が声をかけてきた。
「戦闘参加しますか?」
「できることがあれば」
ユリカは口許を微妙に歪める。
高杉はそれを見て仰々しく言った。
「さきほど、司令官のアズマ准将閣下じきじきに、ご丁寧なご遠慮のあいさつがありましたが……見ます?」
「……遠慮します。とりあえず、本艦は高見の見物。ハーリーくんはデータ解析」
了解、と3つのブースから同時に同じ答えが返ってきた。
☆
膠着という言葉がふさわしい状態だった。
出港したナデシコbは、太陽に対して「アマテラス」の影になる位置に身を潜め、待機している。
ルリのブースを間借りしているユリカは、イライラを隠せずに、指でブースのへりを律動的にこづいている。
敵のマシンは何度ともなくコロニーに接近しようとこころみる。
だが、そのたびにリョーコたちライオンズシックル隊にはばまれ、再び母艦近くにまで戻る。エネルギー供給圏をはなれてしまうためか、リョーコもそれ以上は追わないでいた。
「……なんか、違うな」
ぽつりとユリカは言った。
ルリがちらっと向く。
「何がですか?」
「敵さん。いつもなら、コロニーを壊して終わりのはずなのに、今回は無理しないなと思って」
「コロニーの破壊が目的ではないのかもしれませんよ」
「そうだ、そうだよね。そう考えれば納得がいくよ」
バイザー越しに見えるユリカの瞳が嬉しそうに見開かれた。
「……でも、そうなると、一体何が目的なんだろう……」
だが、すぐに思案顔に戻り、スクリーンをみやる。
そして、はっとして、すぐにルリに向き直った。
「艦長、右28度、仰角13度へグラビティーブラスト!」
「照準が合いません」
「かまいません!」
……ナデシコbのディストーションフィールドが解放され、光芒が放たれた。
それはアマテラスの最終防御ラインを構成していた砲戦部隊をすり抜け、敵艦の艦首すれすれを通過した。
敵艦の動きがその場で停止する。
ふぅ、とユリカは胸をなで下ろした。
すると次の瞬間、メインスクリーンに、顔を真っ赤にさせたアズマ准将の顔が大写しになった。
「貴様! 余計なことをするな!」
その突然さと迫力に、ハーリーと高杉はブースの中でおののく。
「あの宙域に敵をおびき出し、太陽光の影に隠れていた部隊がそれを撃墜するのが我が軍の作戦だったんだぞ。それを台無しにしおって! どうしてくれる!」
だが、ユリカは毅然とした姿勢でアズマに向かった。
「あのまま敵艦の行動を許したら、C2ブロックが攻撃を受けます」
「それがどうした」
ユリカの口許が怒りに歪んだ。
「あそこにはまだ民間人が残っているんですよ! そんなことも忘れてたんですか!」
はばからず大声でアズマを非難するユリカ。アズマは顔を真っ赤にさせながらも、何も言わないでコミュニケを切った。
ユリカは怒りの収まらない様子でひとつおおきなため息をつくと、腕組をしてルリのブースへ腰をかけた。
しばらく憤然とした表情を口許にのぞかせてスクリーンを見つめていたが、ふと、その口許に意味ありげな笑みが浮かんだ。
ルリの耳許へ顔を寄せる。
「敵はどこにいこうとしてるのかな……」
「13番ゲートではないでしょうか」
「13番?」
「はい。設計書にはない非公式のゲートです。敵の目的が単純にアマテラスの破壊であるなら、こんなに手数をかけるはずはありません。しかし、アマテラスへ侵入するのが目的だとしても、既にもうチャンスは何度もありました。ですから、敵は、真に侵入すべきゲートをうかがいつつ、攻撃を繰り返していると思います」
「つまり、敵は非公式のゲートの存在を知っていて、そこを狙っていると……。さすがだね、ルリちゃん」
ユリカは微笑してその呼称を小声でささやき、そして、すっくと立ち上がった。
「じゃあ、そのゲート、開けちゃいましょう!」
屈託のない陽気なユリカの言葉に、ルリは思わず声を上げて驚いた。
ユリカはハーリーのブースへ向かった。
「ハーリーくん、アマテラスへの再ハッキング。目標は13番ゲート!」
「了解!」
「……よろしいのですか、提督?」
さすがにルリがユリカの真意を確認する。
「入りたいっていうんだから、入れてあげようよ」
ユリカはバイザーを外し、凛とした笑顔をルリに向けた。
「敵の目的、敵の本当の目的、見ましょうよ」
そして、ルリにウィンクをして、くすっといたずらっぽく笑った。